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アグラブ朝【アグラブちょう】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

アグラブ朝
アグラブちょう
Aghlab
現在のチュニジアを中心に,北アフリカを支配したイスラム王朝 (800~909) 。首都はカイラワーンアッバース朝アミールであったイブラーヒーム (在位 800~812) はカリフハールーン・アッラシードから貢納金を条件に自治権を与えられて,半独立王朝を建設した。ジヤーダト・アッラー1世 (在位 817~838) はシチリア島に進攻して地中海の制海権を握り,イブラーヒーム2世 (在位 875~902) は 878年にシチリア島を完全征服し,同島にイスラム文化をもたらした。

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世界大百科事典 第2版

アグラブちょう【アグラブ朝 Aghlab】
北アフリカ,イフリーキーヤアラブ土着ベルベル人を支配して建てたスンナ派の王朝。800‐909年。首都はカイラワーン。ホラーサーン出身の軍人アグラブの息子イブラーヒームIbrāhīm b.al‐Aghlab(757‐812)がアッバース朝の宗主権を認めつつ自立したのが起源である。ハワーリジュ派反乱,アラブ軍兵士の反抗,法学者の為政者に対する非難など内政は不安定であったが,シチリアの征服(878完了)によってイスラム文化をヨーロッパへもたらし,またマーリク派法学者が優位に立つことによって,マーリク派のスンナ派イスラムをマグリブに浸透させたという点で重要な意味をもつ。

出典:株式会社平凡社
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