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アゼルバイジャン

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

アゼルバイジャン
Azerbaijan
正式名称 アゼルバイジャン共和国 Azärbayjan Respublikasi。
面積 8万6600km2(概数)。
人口 942万4000(2013推計)。
首都 バクー

ザカフカジエ(後カフカス地方),カスピ海西岸に面する国。北と西はロシア,ジョージア(グルジア),アルメニア,南はイランに接する。国土内にナゴルノカラバフ自治州を含み,南西方に飛び地としてナヒチェバン自治共和国がある。国土は大カフカス山脈東部,クラアラクス低地小カフカス山脈と山麓高原などから形成される。山脈の影響で気候は多様であるが,中部,東部は乾燥した亜熱帯気候で,夏の平均気温は 27℃。半砂漠,ステップに属し,高山草原が多く,山地斜面に広葉樹林がある。住民の 80%以上がアゼルバイジャン人で,そのほかはロシア人,アルメニア人などが占める。公用語アゼルバイジャン語。アゼルバイジャン人はシーア派イスラム教徒が多い。ローマ時代にはこの地はアルバニアという名で知られ,独立王国が形成されていたが,7世紀以降,アラブ,トルコ,モンゴル,トルクメン,イランの支配を受け,1828年の条約により,ロシアとイランの間で分割された。ロシア領となったアラス川以北の地に 1920年アゼルバイジャン=ソビエト社会主義共和国が成立し,1936年ソビエト連邦の構成共和国となった。1990年主権宣言し,1991年独立して独立国家共同体 CISに加盟(1992.10.~1993.9.は不参加)。1992年3月国際連合加盟。独立後は,アルメニアとの間で住民の大部分がアルメニア人であるナゴルノカラバフ自治州の帰属をめぐり武力紛争が続いている(→ナゴルノカラバフ問題)。天然ガス,石油,ミョウバン,鉄鉱,銅鉱,岩塩,鉱泉などの資源に恵まれ,それらの採掘業が発達している。工業部門では石油精製,鋼管,アルミニウム,機械(石油工業用設備),化学(硫酸,合成ゴム),繊維(絹糸,綿織物,絨毯),食品(ワイン,ブランデー,缶詰,茶,水産物加工),たばこなどの工業が主工業である。農業は灌漑農業が発達し,クラ川,アラス川流域を中心に綿花,野菜,ブドウ,チャ(茶),タバコ,柑橘類の栽培が盛んで,養蚕も行なわれる。山地ではヒツジの放牧がみられる。交通は鉄道,海運が中心で,カスピ海の大港湾都市であるバクーは陸上・航空交通の中心でもある。

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アゼルバイジャン
Azerbaijan
イラン北西部の地方名。ペルシア語ではアザルバイジャーン Aarbāyjān。もとは 1州をなしていたが,1938年に分割され,タブリーズを州都とする東アゼルバイジャン州と,オルミエを州都とする西アゼルバイジャン州とになっている。北はアラス川を国境としてアゼルバイジャン(共和国)と,西はトルコおよびイラクと国境を接している。全体に山がちであるが,発掘調査によると,この地方はペルシア帝国の古代の小メディアの一部で,のちにアトロパテネとして知られた地であることが明らかにされた。住民はアゼルバイジャン人が大部分を占め,クルド人,アルメニア人がこれに次ぐ。

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世界大百科事典 第2版

アゼルバイジャン【Azerbaidzhan】
ヨーロッパ南東のザカフカス地方南東部と,イラン北西部のカスピ海に面する地方の総称。旧ソ連領の部分はアゼルバイジャン・ソビエト社会主義共和国であったが,1991年8月アゼルバイジャン共和国として独立した。イラン領の部分は東・西の二つのアゼルバイジャン州に分かれている。
[自然]
 アゼルバイジャン共和国は,北に大カフカス山脈を背負うが,秋田県とほぼ同緯度に位置し,地形・気候とも,さほど複雑ではない。大カフカス山脈の南東斜面は高山性,亜高山性の牧地で森林も深く,この山脈は東部に行くに従って低い丘陵に変わり,アプシェロン半島となってカスピ海に没する。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

アゼルバイジャン【Azerbaidzhan】
西アジア、カフカス地方の南東部を占める共和国。カスピ海西岸に面する本土と、イランとアルメニアに囲まれた飛び地(ナヒチェバン自治共和国)から成る。トルコ系アゼルバイジャン人の居住地。住民の多くはイスラム教徒。公用語はアゼルバイジャン語だがロシア語も使われる。石油の産出が多く、綿花・たばこ・ブドウなども栽培される。1991年12月ソ連の解体により独立。首都バクー。面積8万7千平方キロメートル。人口840万( 2005)。正称、アゼルバイジャン共和国。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

アゼルバイジャン
あぜるばいじゃん
Азербайджан Azerbaydzhan
アジア南西部のザカフカス(カフカス南部)とイラン北西部にまたがり、カスピ海に面する地域の総称。現在はアゼルバイジャン共和国と、イランの東アゼルバイジャン、西アゼルバイジャン両州とに分かれている。北は大カフカス山脈、東はカスピ海、西はアルメニア共和国およびトルコ、南はイラン領クルディスターンに、それぞれ接する。クラ川支流アラクス川が、トルコ東部に発し、イラン北部国境を経てカスピ海に注ぎ、この地域を南北に二分する。北はクラ川流域の平野を山地が取り囲むアゼルバイジャン共和国となり、南はウルミーエ(レザーイーイェ)湖岸からカスピ海に至る高原地域となっている。面積は、共和国側8万6600平方キロメートル、イラン側8万2400平方キロメートル。人口は、共和国側790万8000(1999)、イラン側は609万2000(2001推計)。住民の大部分はアゼルバイジャン人で、人種的にはアルバニア人、メディア人などの先住民と、トルコ人、ペルシア人との混血であるとされている。穀物、果物、綿花、タバコなどを産し、ヒツジ、ウシが飼育される。鉱物資源が豊かで、銅、鉛、鉄などの産出が多い。アプシェロン半島、アラクス川流域、ウルミーエ湖盆地は油田地帯をなし、共和国側はザカフカスにおける工業の中心となっている。[木村英亮]

歴史

この地域には、紀元前9世紀イジルトゥ(ジルタ)を首都として初期奴隷制国家マナがあった。前7世紀メディアが興りマナを滅ぼしたが、前6世紀にはアケメネス朝ペルシアがこの地域全体を征服した。前4世紀ペルシアがアレクサンドロス大王に倒されたあと、この地域にアトロパテン(火の国)という名の国家が生まれた。アゼルバイジャンの名の起こりである。これは当時すでに石油に富むことが知られていたことを示している。今日の共和国北部とダゲスタンの一部にはやがてアルバニアが建国し、侵入してきたローマ軍を撃退した。その後農業、牧畜、手工業が発展し、3~5世紀には封建制が成立する。3世紀以後はササン朝ペルシアに支配されたが、7世紀にはアラブに、11世紀にはセルジューク・トルコに征服され、イスラム化した。12世紀にはニザーミーなどの民族詩人が生まれている。13世紀にはモンゴルが侵入したが、16世紀イランにサファビー朝が興るとその支配下に入り、強い文化的影響を受けた。
 18世紀帝政ロシアはこの地方に進出して、イラン、トルコと対立し、19世紀初頭、両国と戦ったが、1813年イランとのギュリスタン講和によってアゼルバイジャン北部を併合、さらに1828年のトルコマンチャーイ条約によってナヒチェバンを獲得、これ以後イランの一部として残った南部と分かれた。
 イラン領アゼルバイジャンには、第二次世界大戦中の1941年ソ連軍が進駐し、1945~1946年には自治政府ができたが、1946年イラン軍の占領により、自治化の動きは抑えられた。[木村英亮]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

アゼルバイジャン
(Azjerbajdžan)
[一] 南西アジアのカフカス山脈南部、カスピ海西岸の地域。アゼルバイジャン共和国とイラン領アゼルバイジャン州とに分かれている。
[二] 南西アジア、カフカス地方の共和国。首都バクー。一九九一年、ソ連の解体に伴い独立。石油の産出が多い。

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社世界史事典 三訂版

アゼルバイジャン
Azerbaydzhan
①カスピ海西岸南部に面した共和国。首都バクー
②イラン帝国の北西端,アラクス川の南岸に位置する地域
交通の要地で,古くから諸民族の争奪地となった。7世紀以後,イスラームが広まり,のちセルジューク朝・イル−ハン国に支配され,トルコ−イスラーム化した。16世紀にはイランの勢力下にはいったが,1828年のトルコマンチャーイ条約でアラクス川以北の地がロシア領となった。1922年末,ザカフカース共和国の中心地域としてソ連に加わり,36年にはソ連を構成する共和国となった。バクー付近は世界的な石油の産地として有名。ソ連時代末期の1988年より,ナゴルノ−カラバフ地方をめぐる領土問題や民族・宗教的対立から,西隣のアルメニアとの間で民族紛争が激化した。1991年末のソ連解体後は独立国家共同体(CIS)に加盟。西側資本による石油資源の再開発を進める一方,近隣イスラーム諸国との交流を推し進めている。
石油の産地として有名。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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