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アダマール

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

アダマール
Hadamard, Jacques-Salomon
[生]1865.12.8. ベルサイユ
[没]1963.10.17. パリ
フランスの数学者。パリのエコール・ノルマル・シュペリュール (高等師範学校) 卒業 (1888) 後,パリのリセの教師 (90~93) ,ボルドーの理科大学講師 (93~97) ,パリ大学講師 (97) ,同教授 (1900) ,コレージュ・ド・フランス教授 (1897~1935) ,エコール・ポリテクニク教授 (12~35) ,中央工芸学校教授 (20~35) 。第2次世界大戦中はアメリカに亡命。数学のすべての領域に関心をもつ。 70歳記念論文集 (35) は 280編の論文を収め,解析関数,数論,実関数論,微分方程式論,変分法および関数解析,幾何学,流体力学の7部に分けられている。なかでも重要なのは,1895年の素数定理の完全な証明,および偏微分方程式におけるコーシーの問題 (→初期値問題 ) の研究である。特に発散積分の有限部分の概念の導入は,L.シュワルツの超関数の理論の先駆となった。 A.ドレフュスの遠縁の親戚。政治的には革新的。 1950年にハーバード大学で開かれた国際数学者会議の際,彼が共産主義者であるという理由で,アメリカ政府がビザの発行を渋ったことがある。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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世界大百科事典 第2版

アダマール【Jacques Hadamard】
1865‐1963
フランスの数学者。ベルサイユに生まれ,エコール・ノルマル卒業後,リセ・ビュフォンで教鞭をとり,ボルドー大学,ソルボンヌ大学講師を経て,コレージュ・ド・フランス,エコール・ポリテクニクで1937年まで教授として活躍した。1912年にはアカデミー・デ・シアンス会員に選ばれた。19世紀末から20世紀前半において数学,とくに解析学の分野でもっとも偉大な貢献をした数学者の一人である。べき級数であらわされる解析関数の特異点に関しては,収束半径,有理型半径,間隙(かんげき)定理,自然境界を研究した。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

アダマール
あだまーる
Jacques Hadamard
(1865―1963)

フランスの数学者。ベルサイユに生まれる。エコール・ノルマル・シュペリュール(高等師範学校)で学び、コレージュ・ド・フランス、ついでエコール・ポリテクニク(理工科大学校)の教授となった。ユダヤ系学者として平和主義的政治意識が強く、1940年定年後アメリカに亡命し、コロンビア大学で研究を続けたが、1947年パリに帰った。1892年の学位論文で整級数の収束半径を定める公式を確立した。関数論では彼の名を冠する三円定理、空隙(くうげき)定理、乗法定理なども著名である。解析数論では素数定理を証明した。そのほか、波動方程式の研究で導入した発散積分の有限部分の概念、行列式の評価、変分学における諸成果など、広く解析学における独創的な業績が多い。幾何学や数学教育、流体力学に関する論著も数多くみられる。晩年に至るまで研究生活を続け、生涯の論著は320編以上に及ぶ。

[小松勇作]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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