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アッバース朝【アッバースちょう】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

アッバース朝
アッバースちょう
Abbasids; `Abbās
中央アジア,西アジア,北アフリカを支配したイスラム王朝 (750~1258) 。第2代カリフマンスール (在位 754~775) は「平和の都」バグダードを築いて首都とし,政治,経済,文化の中心地とした。マンスールはまたペルシア的な官僚制度を導入してカリフをその頂点とする中央集権的な国家体制を整えた。しかし9世紀後半になるとカリフ権力が弱体化し,地方に独立政権が次々と誕生して,945年にはバグダードもブワイフ朝のアミール政権のもとにおかれ,1055年からはセルジューク朝の保護下にあった。 12世紀中頃からカリフはイラク地方の統治権を回復したが,1258年モンゴル軍のバグダード攻略によって,ついにアッバース朝は崩壊した。

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デジタル大辞泉

アッバース‐ちょう〔‐テウ〕【アッバース朝】
《〈アラビア‘Abbāsウマイヤ朝に続くスンニー派イスラム王朝。750年、ムハンマドの伯父アッバースの子孫アブー=アッバースがウマイヤ朝を倒し、クーファ即位。のちに第2代カリフ、マンスールがバグダッドを首都として建設。全盛期は初期の100年間で、アラビア語とイスラム教による独自の文化が開花。1258年、モンゴル軍の侵入により滅亡。アッバス朝。

出典:小学館
監修:松村明
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世界大百科事典 第2版

アッバースちょう【アッバース朝 ‘Abbās】
イラクを中心に,西はマグリブから東はマー・ワラー・アンナフル(トランスオキシアナ)までを支配した,アラブの初期イスラム王朝。750‐1258年(図)。首都はバグダード。ただし,アッバース家のカリフが宗教上・政治上いずれにおいても最高の指導者・権力者として統治しえたのは,せいぜいブワイフ朝がバグダードを攻略する946年までで,その後はごく短期間を除いて政治上の実権を失い,宗教上の権威のみを保持したにすぎない。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

アッバースちょう【アッバース朝】
イラクを中心に西アジアを支配したイスラム王朝(750~1258)。アブル=アッバース(‘Abbās)がウマイヤ朝を倒して成立。二代カリフ以後、バグダッドを首都とし、ムスリム間の平等を実現させ、東西文明を融合してイスラム文化の黄金時代を現出した。狭義には、イスラム法の理念が実現したことでイスラム帝国と称される。のち、フラグの率いるモンゴル軍に滅ぼされた。東カリフ国。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

アッバース朝
あっばーすちょう
750年から1258年まで続いた初期イスラムの王朝。ただ成立当初、西はマグリブ(マグレブ)から東はマーワラー・アンナフルまであった広大な版図は、しだいに縮小するとともに、アッバース‘Abbs家カリフが宗教と政治のいずれの面においても主権者として君臨できたのは946年までで、それ以降は政治上の実権を失い、宗教上の権威のみを保持したにすぎない。[森本公誠]

成立

アッバース朝は「アッバース朝革命」とよばれている大規模な組織運動の結果もたらされた。ウマイヤ朝時代に何回かの反乱が起こったが、そうしたウマイヤ家カリフの支配に反抗する者たちの間から、イスラム教団国家の最高責任者の座につきうる唯一の資格者は、預言者の家族、つまり「ムハンマド(マホメット)家」出身者でなければならないという思想がしだいに広がってきた。ムハンマド家の一員であるアッバース家はこの思想を利用してウマイヤ朝打倒の地下運動を起こした。これはとりわけイランのホラサーンで成功を収め、747年、アッバース家の派遣した秘密宣伝者アブー・ムスリムのもとにマルウ(メルブ、現マリー)近郊で武装蜂起(ほうき)し、やがてイラクに攻め込んで、749年にはアッバース家当主のサッファーフが、クーファでカリフたることを宣言、翌年にはウマイヤ朝最後のカリフが殺され、アッバース朝が正式に成立した。もっともこのとき、ムハンマド家出身者ということであれば、ムハンマドの娘ファーティマを妻としたアリーの子孫のアリー家のほうがよりふさわしいなどの理由から、その党派であるシーア派の不満を残し、以後たび重なるシーア派反乱の遠因となった。[森本公誠]

体制

ウマイヤ朝体制の本質は、少数の支配者アラブが、被征服民である異民族を統治するということにあって、非アラブ人は改宗してもアラブと同等の権利を得ることができなかった。しかしアッバース朝下では、アラブの特権的地位は失われ、かわりに多くの非アラブ人改宗者が国家の枢要な地位に登用され、同時に官僚、商人、地主らと並んで、神学者や法学者などイスラムの聖職者層が支配階級の座についた。こうしてアッバース朝は、その国家と社会にイスラム法の理念が実現されたため、厳密な意味での「イスラム帝国」だとされる。
 このアッバース朝体制を事実上樹立したのは第2代カリフ、マンスールで、彼は新都バグダードを建設し、官僚機構、常備軍、駅逓網を手段に、イスラムのもつ統一性の原理に従って、中央集権的統一体制の確立に努めた。第5代カリフ、ハールーン・アッラシードの治世はこの王朝の全盛期であった。しかし、その子アミーンとマームーンによる内乱に加え、やはり子のムータシムが王朝の軍団にトルコ人奴隷兵を採用し、やがて軍閥化したトルコ人奴隷兵によってカリフの傀儡(かいらい)化がおこると、辺境諸州の半独立化、イラクにおける黒人農業奴隷ザンジュの乱やカルマト派の反乱が相次いだ。[森本公誠]

衰亡

第15代カリフ、ムータミドの弟ムワッファクが精力的に治安回復に努めた結果、帝国は経済的、文化的発展の時代を迎えたが、宮廷の奢侈(しゃし)や官僚機構の膨張、軍事費の増大から、国家財政は慢性的赤字となり、10世紀なかば近くなるとまったく破綻(はたん)してしまった。これに不満をもつ軍人階級が936年に政権を掌握し、カリフは政治の実権をほとんど失い、946年初めにはイラン系の軍事政権ブワイフ朝がバグダードを占領し、アッバース朝国家は崩壊した。ブワイフ朝はシーア派に属していたが、アッバース家のカリフ位を廃絶しなかったので、ここに、行政と軍事を担当する軍事政権と、宗教や法の施行、教育などを担当するカリフ当局との並存が始まり、社会的には軍事イクター制の時代に入った。ブワイフ朝のあと政治権力を掌握したセルジューク朝が13世紀の初めに分裂して、イラクに権力の空白状態が生じると、第34代カリフ、ナーシルは政教両権を兼備したカリフ体制を復活させようと努めたが、それも1258年にバグダードが異教徒のモンゴル軍に蹂躙(じゅうりん)されるに及んで、カリフ制は完全に消滅した。[森本公誠]
『森本公誠著「イスラム国家の展開」(『岩波講座 世界歴史 8 中世 2』1969・岩波書店・所収)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

アッバース‐ちょう ‥テウ【アッバース朝】
(アッバースはAbbās)⸨アッバス朝⸩ 西アジアおよび北アフリカを支配したイスラムの王朝。七五〇年マホメットの伯父アッバースの子孫サッファーが、ウマイヤ王朝を倒して創始。首都バグダード。一二五八年モンゴル軍に滅ぼされた。黒衣大食(こくいタージー)

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社世界史事典 三訂版

アッバース朝
アッバースちょう
‘Abbās
750〜1258
ウマイヤ朝を倒しイスラーム帝国を実現した王朝
イベリア半島に成立した後 (こう) ウマイヤ朝(西カリフ国)に対し,東カリフ国ともいう。アラブ民族至上主義をとるウマイヤ朝は内乱が絶えず,ついにムハンマドの伯父アッバースの子孫アブー=アルアッバースが,イラン人シーア派の反抗運動と合流してウマイヤ朝を打倒し,クーファに新政権を樹立した。第2代カリフ・マンスールのとき,バグダードを建設して遷都した。第5代ハールーン=アッラシードのとき最盛期を迎え,イスラーム文化の黄金時代を現出した。10世紀以後,イラン人・トルコ人が台頭して地方分権化の傾向が強まり,37代約5世紀間続いたのち,1258年フラグの率いるモンゴル軍に滅ぼされ,カリフの一族エジプトに亡命した。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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