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アフマートワ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

アフマートワ
Akhmatova, Anna Andreevna
[生]1889.6.23. オデッサ
[没]1966.3.5. レニングラード
ロシア,ソ連の女性詩人。本名 Gorenko。ペテルブルグ近郊に育ち,革命前にシンボリズムを継承した詩人としてデビュー。『夕べ』 Vecher (1912) ,『白鳥のれ』 Belaya staya (1917) など初期の詩集で,孤独,死,愛を絶妙な手法で表現した。革命後の現実に違和感をいだきながらも亡命はせず,ロシアにとどまったが,1920~30年代はほとんど沈黙を守っていた。第2次世界大戦後,「人民とは無縁なデカダン詩人」としてジダーノフに批判されたが,1959年名誉回復され,晩年は若い詩人たちの尊敬を一身に集めた。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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世界大百科事典 第2版

アフマートワ【Anna Andreevna Akhmatova】
1889‐1966
ソ連邦の女流詩人。オデッサ生れ。ペテルブルグ近郊のツァールスコエ・セロー(現,プーシキン)で育ち,1910年代初め,象徴派神秘主義に対し,明晰さ,現実性の回復をめざすアクメイズム派の詩人としてデビュー。初期詩集《夕べ》(1912),《数珠》(1914),《白き群》(1917),《Anno Domini MCMXXI》(1922)など,宗教的情緒をおびる恋愛詩の成功によって名声を博す。同派の領袖N.グミリョーフと結婚(のち離婚)。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

アフマートワ【Anna Andreevna Akhmatova】
1889~1966 ソ連の女性詩人。アクメイズムの詩人として出発。女性的な柔らかな感性と強靭な思索力で、ソビエト体制下の厳しい時代を生き抜いた。二〇世紀ロシアの生んだ最大の抒情詩人の一人。長編詩「ヒーローのいない叙事詩」「鎮魂歌」、詩集「夕べ」など。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

アフマートワ
あふまーとわ
Анна Андреевна Ахматова Anna Andreevna Ahmatova
(1889―1966)
20世紀ロシア最大の女流詩人。オデッサ生まれ。プーシキンゆかりの地ツァールスコエ・セローに育ち、キエフの女子大学に学ぶ。1910年、アクメイズムの詩人グミリョフ(1921年に銃殺)と結婚しペテルブルグ(ソ連時代のレニングラード)に移って詩作を開始。マンデリシュタームらと新古典派ともいうべきアクメイズムを追求した。翌1911年、北イタリアを巡り、イタリア絵画・建築に深く感銘。処女詩集『夕べ』(1911)、第二詩集『数珠(じゅず)』(1914)、1917年には第三詩集『白き鳥の群れ』を発表。いずれも愛、孤独、死の主題が宗教的な情感とエロティシズムとない交ぜに流麗に歌われるが、日常生活の些細(ささい)な事物が微妙に配置されて機能している特徴も見逃せない。ロシア革命後は農科大学の図書館で働き、詩集『おおばこ』(1921)、『西暦1921年』(1922)を上梓(じょうし)。1920年代に入るとプーシキン研究に没頭、20年間プーシキン論を書き継ぐが、1926年から1940年まで彼女の詩編は国内での発表がほとんど許されなかった。1930年代後半には、グミリョフとの間にもうけたひとり息子が二度にわたって逮捕投獄、この悲劇を『レクイエム』(1935~1940)に書くが旧ソ連では未刊。1941年にドイツ軍包囲下のレニングラードを脱出、タシケントに移り、詩集『第七の書』(1936~1964)では、戦争の嵐(あらし)、勝利、タシケント生活、人々の善の発見、大病、アジアなどのテーマで時代を考察。戦後1946年、ジダーノフ批判によってデカダン詩人と攻撃されるが、1956年の「雪どけ」後に復活、鎮魂歌的な長詩『ヒーローのいない叙事詩』(1940~1962)を完成、激動のロシア現代史を不屈の詩人として生きた。晩年はとくに、プーシキンと同時代であるイタリアの大詩人レオパルディの翻訳に打ち込む。1976年ソ連で、完全版ではないがアフマートワの一巻詩集が出版された。[工藤正広]
『江川卓訳『ヒーローのいない叙事詩』(『世界の文学 37』1979・集英社・所収)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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