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アンブロシウス

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

アンブロシウス
Ambrosius
[生]339頃.トリエル
[没]397.4.4. ミラノ
聖人。古代西方教会の四大教会博士の一人。 370年ミラノ執政官となり,アリウス派をめぐる論争の混乱状態を収拾民衆に請われて 374年ミラノ司教となり,アリウス派と徹底的にたたかう。すぐれた説教家であり,その筆記されたものが彼の著作をなし,反アリウス派の諸著のほかに『聖職について』 De officiis ministrorum,『六日間天地創造論』 Hexaemeronが有名。彼はオリゲネスアレクサンドリアフィロンの聖書の寓意的解釈を摂取したほか,ローマヒッポリツスエイレナイオスアンチオキアのイグナチオスらを学び,東方神学西欧に移植。マリアの無原罪を主張し中世のマリア崇敬の祖となった。典礼聖歌の革新の面では,アンブロジオ聖歌の名を残し,キリスト教賛歌の父と呼ばれ,「ミサ」の語を最初に使用した。祝日 12月7日。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

アンブロシウス(Ambrosius)
[340ころ~397]ミラノの司教。古代ローマ教会四大教会博士の一。アウグスティヌスをキリスト教に導いた。

出典:小学館
監修:松村明
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世界大百科事典 第2版

アンブロシウス【Ambrosius】
339ころ‐397
西方教会の教父としてアウグスティヌスに先立つ重要な人。ローマ貴族アウレリウス家の出身で,父の任地トリールに生まれ,ローマで法律と修辞学を学んだ。ミラノの執政官だったとき,キリスト教正統派とアリウス派との争いを収めたことが高く評価され,未受礼であったにもかかわらず民衆に支持されて,374年司教となった。それ以後,グラティアヌス帝に対してウィクトリア女神の祭壇を撤去させ,これを再建しようとしたシンマクスを抑え,テオドシウス帝の残虐行為を弾劾し,さらに東方教会皇帝教皇主義を打破して皇帝の教会内での特別な地位を認めなかったなど,教会の地位向上に力をつくした。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

アンブロシウス【Ambrosius】
339頃~397 ミラノの司教。三位一体論に基づきアリウス派と抗争、帝王権に対しても教会の優越を主張。また、典礼と聖歌を改革、アウグスティヌスを導き授洗。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

アンブロシウス
あんぶろしうす
Ambrosius
(339ころ―397)
ミラノの司教。4世紀後期の西方ローマ教会四博士の一人。ローマ貴族の子としてドイツのトリエルに生まれた。ローマで修辞学を修めたのち、370年北イタリアのリグリア州執政官、のちミラノの執政官となる。キリスト教の異端アリウス派の司教アウクセンティウスAuxentius(?―374)の死後、374年ミラノの聖堂で後継者論争の仲裁に入ったとき、「アンブロシウスを司教に」と少年が叫んだのが契機となって、急遽(きゅうきょ)受洗し、司教に叙任された。教会政治家、牧会者として、また新プラトン学派に属する知識人としても正統派擁護のために活躍、帝権の介入に抗して教会の独立をまっとうした。384年には異教の復興を目ざす元老院と戦い、勝利の女神ビクトリアの偶像安置案を退け、385~386年には圧倒的な民衆の支持を背景として、皇太后ユスティナJustina(?―388)と争って、アリウス派の手からミラノの聖堂を取り返した。テオドシウス1世によるテサロニケ市民7000人虐殺を糾弾し、皇帝を懺悔(ざんげ)させたことも有名である。また、彼は典礼の聖歌を数多くつくり、『すべての創(つく)り主なる神よ』Deus creator omniumは、アウグスティヌスによってアンブロシウスの作品とされている。アウグスティヌスは、アンブロシウスの比喩(ひゆ)的な聖書釈義の方法に触れて回心に導かれるが、これは彼自身の独創というよりも、フィロンやオリゲネスらのアレクサンドリア学派の東方神学の導入であり、彼の神学思想上の意義もまたこの点にあった。代表的な著作として『ヘクサメロン』6巻、『聖職本務論』3巻がある。[加藤 武]
『『石原謙著作集8 キリスト教の源流』(1979・岩波書店)』

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精選版 日本国語大辞典

アンブロシウス
(Ambrosius) キリスト教の古代教父。聖人。ミラノの司教。アウグスティヌスをキリスト教に導き、またテオドシウス帝に民衆虐殺の非道を懺悔(ざんげ)させた。アンブロシウス聖歌と呼ばれる讚美歌集も作った。(三三九‐三九七

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旺文社世界史事典 三訂版

アンブロシウス
Ambrosius
340ごろ〜397
代表的な教父のひとり
ローマの名門の出で,ミラノの司教となり,アリウス派の禁圧,教権の優越性を主張するなど,カトリック教会の権威確立に尽力した。テオドシウス帝に贖罪 (しよくざい) をすすめた話は有名で,説得力あるその説教は,アウグスティヌスに影響を与えた。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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