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アンベール

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

アンベール
Humbert, Aimé
[生]1819.6.12. ビュルル
[没]1900.9.19. ヌーシャテル
スイスの遣日使節随員。ドイツのテュービンゲン大学で言語,文学を学び,中退。高校,次いで女子中学教師をしながら翻訳,執筆を続けていたが,1848年には官吏となり,州内閣の文部長官に進んで以来さまざまな官歴を重ね,57年ヌーシャテルの時計業組合長となった。この組合の代理人ルドルフ・リンダウの日本からの報告に基づき,61年連邦議会はアンベールを遣日使節に命した。 63年 11月~64年6月の極東旅行の間に 64年2月6日 (文久3年 12月 29日) 江戸で『日瑞修好通商条約』を締結。帰国後,フランス語で『幕末日本図絵』 (高橋邦太郎訳) を発表,のち 25年間ヌーシャテルのアカデミーの講師としてフランス文学などを講じた。

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アンベール
Amer; Amber
インド北西部,ラージャスターン州東部の古都。12世紀頃からここに都を置いたラージプート王朝はムガル帝国アクバル大帝に王女を嫁がせるなど,ムガル帝国との友好関係を保ち,1728年ジャイ・シン2世のもとに,旧都の郊外ジャイプルを建設し,王都とした。1600年頃建設が始まり,ジャイプル遷都まで王の居城だったアンベール城,町を見おろす高台に建つジャイガー砦などがあり,2013年ラージャスターン州の丘陵要塞群として世界遺産の文化遺産に登録された。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

アンベール Humbert, Aimé
1819-1900 スイスの遣日使節。
1819年6月12日生まれ。教師から官界にはいり,文久3年(1863)遣日使節団長として来日。江戸で日本・スイス修好通商条約を締結。日本での見聞,調査をもとに,帰国後「日本図絵」をあらわした。1900年9月19日死去。81歳。ヌーシャテル州出身。ドイツのチュービンゲン大中退。

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

アンベール【Laurent Joseph Marie Imbert】
1797‐1839
フランスのパリ外国宣教会士。漢名は范世亨,安黙爾。1818年同会に入り,22年以降マカオで伝道に従う。36年朝鮮代牧区の司教となり,翌年密入国して辛酉教獄(1801)後の教勢の回復に努めていたが,己亥教獄(1839)によって,モーバン,シャスタン両神父とともに斬首された。この教獄に際して,《己亥日記》を玄錫文にまとめさせている。生前手がけていた漢訳天主教書の朝鮮語訳は,ベルヌー司教が完成させた。【原田 環】

出典:株式会社平凡社
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