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イプセン

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

イプセン
Ibsen, Bodil Louise Jensen
[生]1889.8.30. コペンハーゲン
[没]1964.11.26. コペンハーゲン
デンマークの女優。『人形の家』ノラストリンドベリの『令嬢ジュリー』『死の舞踏』などですぐれた演技を見せた。

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イプセン
Ibsen, Henrik Johan
[生]1828.3.20. シーエン
[没]1906.5.23. クリスチャニア(現オスロ)
ノルウェーの劇作家。家は富裕であったが,彼が8歳のときに破産,15歳でグリムスタの薬剤師の徒弟になった。ローマの革命家に取材した戯曲『カティリーナ』 Catilina (1850) が処女作。 1864年二度と故国に帰らぬつもりで外遊,『ブラン』 Brand (66) でようやく名声を得た。以後『ペール・ギュント』 Peer Gynt (67) ,『皇帝とガリラヤ人』 Kejser og Galilæer (73) などの思想劇,次いで『人形の家』 Et Dukkehjem (79) ,『幽霊』 Gengangere (81) ,『民衆の敵』 En Folkefiende (82) ,『野鴨』 Vildanden (84) などの社会劇によって近代劇を確立,『ロスメルスホルム』 Rosmersholm (86) ,『ヘッダ・ガーブラー』 Hedda Gabler (90) を書いたのち,28年ぶりに故国に帰り,『建築師スールネス』 Bygmester Solness (92) ,『小さいエイヨルフ』 Lille Eyolf (94) ,『ヨハン・ガーブリエル・ボルクマン』 John Gabriel Borkman (96) ,最後の作『われら死者の目ざめるとき』 Når vi døde vågner (99) を発表した。

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デジタル大辞泉

イプセン(Henrik Ibsen)
[1828~1906]ノルウェー劇作家。思想劇・社会劇などにより、近代演劇のとされる。作「ブラン」「ペール=ギュント」「人形の家」「民衆の敵」「野鴨」など。

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世界大百科事典 第2版

イプセン【Henrik Ibsen】
1828‐1906
ノルウェーの劇作家。リアリズム劇の確立者,近代劇の父とも呼ばれ,後世への影響は大きい。ノルウェー南東の港町シーエンに富裕な商人の子として生まれた。8歳のとき家が落,15歳で小さな港町グリムスタの薬屋に奉公し,20歳のとき古代ローマの反逆児を描く戯曲《カティリーナ》を書いた。それを首都オスロで自費出版(1850)したおり,自らも上京し大学を受験するも失敗。労働組合運動にたずさわるが,運動弾圧の際は偶然に検挙をまぬがれた。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

イプセン【Henrik Ibsen】
1828~1906 ノルウェーの劇作家。問題劇・社会劇といわれる一連の作品で、社会批判と凝縮した思想を展開し、近代劇の創始者と称される。代表作「人形の家」「幽霊」「野鴨」「ヘッダ=ガーブラー」

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日本大百科全書(ニッポニカ)

イプセン
いぷせん
Henrik Ibsen
(1828―1906)
ノルウェーの劇作家。3月20日、テレマークの港町シーエンの裕福な商家に生まれたが、8歳のときに家が破産、手のひらを返すように市民が一家に冷淡になるのをみて人間不信と孤独癖を深めた。上級学校に進めず、堅信礼(けんしんれい)を受けると家を飛び出し、グリムスタの町の薬屋に住み込んで6年を送るが、陰気で反抗心が強く、町の人々に嫌われた。その間に、同家の年上の女中と性関係を生じて一子をなしたが、そのために長らく扶養料を支払うはめになり、このことが彼の人生観、女性観に微妙な屈折を与えたようだ。
 大学の医科に入るため独学で受験準備をしながら、町の小新聞に風刺的な漫画や詩を寄せ始め、パリの二月革命(1848)に感激して国王に詩を献じて変人扱いにされるが、それが却下されるとさらに奮い立って、古代ローマの失敗した革命家カティリナに取材した劇にとりかかる。完成したが出版者がみつからず、同じく大学受験を志していた友人が見かねて出版してくれるが全然世評に上らず、わずか30部ほどしか売れなかった。首都クリスティアニア(現オスロ)に出て、その友人の下宿に転がり込んで予備校に通い、ビョルンソン、ビニエらを友人に得たが、金が続かず、苦し紛れに書いた一幕物『戦士の墓』が劇場に採択されて上演されたのを機に、大学進学を断念し、作家としてたつ決心をする。友人たちと『人』という週刊誌を始めるが、社会主義的傾向のために圧迫を受けてまもなく廃刊、貧困のどん底に落ちる。
 1851年秋、ベルゲンに音楽家オーレ・ブルが開設した国民劇場に、座付き作者兼舞台監督として招かれ、ようやく苦境を脱する。監督としては失敗だったが、この間に、のちに夫人に迎えたスザンナ・トーレセンと知り合ったことと、つぶさに舞台技巧を研究したことが後の大成に役だった。『エストロートのインゲル夫人』(1855)、『ソルハウグの宴(うたげ)』(1856)は、フランスのスクリーブ、デンマークの浪漫(ろうまん)詩人エーレンシュレーガーなどの影響を受けたが、『ヘルゲランの戦士』(1857)あたりから作品は力強くなる。それは古代北欧サガを研究した結果とみられる。
 1857年クリスティアニアに新設されたノルウェー劇場の支配人に転じたが、経営困難で劇場は5年で閉鎖され、ふたたびどん底に落ちる。この間に最初の現代劇『恋の喜劇』(1862)と力強い史劇『王位をうかがう者』(1863)を書くが認められず、自分の才能に深い疑惑を抱くとともに、故国に愛想をつかす。議会からわずかの補助金やビョルンソンらの援助を得て、二度と帰らぬ決意で外遊、ドイツを経てイタリアに行き、明るい南国の空とギリシア・ローマの古美術に触れて生き返った思いをする。「一切(いっさい)か無か」をモットーに理想に献身して倒れる牧師ブランを主人公にした大作『ブラン』(1866)を渾身(こんしん)の力を込めて書き、ようやく名声があがる。ついで『ファウスト』風の遍歴劇『ペール・ギュント』(1867)、前後10年をかけて書いたキリスト教とローマ帝国の争闘に取材し、「肉の王国」と「霊の王国」を経て霊肉一致の「第三帝国」を求める世界史劇『皇帝とガリラヤ人(びと)』(1873)などで思想的立場を確固とさせる。やがて目を現代に向けて、社会の虚偽不正を鋭く暴く社会劇の方向に進む。『青年同盟』(1872)、『社会の柱』(1877)に続いて出した『人形の家』(1879)は、「妻であり母である前に一個の人間として生きたい」とする新しい女ノラの目覚めを描いて、全世界を沸き立たせ、名実ともにイプセンは近代劇の第一人者となった。「生きるとはおのれの中に巣くう悪の力と戦うこと/創作するとはおのれ自身に審(さば)きをくだすこと」と、その詩の一つで歌った彼は、その後もいよいよ深く自己と社会を凝視していき、『幽霊』(1881)、『民衆の敵』(1882)、『野鴨(のがも)』(1884)、『ロスメル屋敷』(1886)、『海の夫人』(1888)、『ヘッダ・ガブラー』(1890)と、一作ごとに新しい境地を開いて世界を熱狂させる。在外28年でようやく故国に帰ったあとは、生涯を回想する象徴的作風に進み、『建築師ソルネス』(1892)、『小さいエヨルフ』(1894)、『ヨーン・ガブリエル・ボルクマン』(1896)が書かれ、ついで自らエピローグとした『われら死者の目ざめる時』(1898)を最後に沈黙。1906年5月23日、クリスティアニアでその波瀾(はらん)に富んだ生涯を終えるが、祖国は国葬をもって彼の業績に報いた。彼ほど一筋に生きた作家は世界にも珍しく、その力強い凝縮された思想と作品によって近代劇を確立させただけでなく、近代思想、婦人解放運動にまで深い影響を及ぼした。日本でもその影響は劇の方面だけではなく、広く多方面に及んでいる。[山室 静]
『『近代劇全集1・2』(1927、31・第一書房) ▽内村直也他訳『イプセン名作集』(1956・白水社) ▽坪内逍遙著『イプセン研究』(1948・大河内書店) ▽中村吉蔵著『イプセン』(1926・東方出版社) ▽毛利三弥著『イプセンの劇的否定性』(1977・白凰社) ▽ブランデス著、布施延雄訳『ヘンリック・イプセン』(1926・新潮社)』

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精選版 日本国語大辞典

イプセン
(Henrik Ibsen ヘンリック━) ノルウェーの劇作家。自我の解放と確立を追求した自由思想家で、近代劇の創始者といわれる。戯曲「人形の家」「幽霊」「民衆の敵」「野鴨」「ヘッダ‐ガブラー」など。(一八二八‐一九〇六

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