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イラン革命【イランかくめい】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

イラン革命
イランかくめい
Iranian Revolution of 1978-79
1978~79年イランパフラビー朝を倒してイスラム共和制を樹立した革命ムハンマド・レザー・シャー(在位 1941~79)は,いわゆる「白色革命」によって上からの急激な近代化政策を強行し,土地改革,女性参政権,識字教育などの実施を推進したが,地主層や宗教指導層が反発。1973年の石油危機を契機に打ち出した経済成長政策も失敗して,かえってインフレーション,農業の停滞,都市のスラム化の拡大,極端な富のアンバランスなどのひずみをもたらした。1978年1月以降反国王デモやテロ事件が全国的に続発。これに対して国王は同 1978年11月軍人内閣を発足させ弾圧を強化したが,反政府運動は熾烈となり,フランスのパリに亡命中のホメイニ師の指導のもとに王制打倒を叫ぶにいたった。1979年1月国王は国外に脱出,王制最後の S.バクチアル内閣も瓦解した。同 1979年2月1日ホメイニ師が帰国し,2月11日革命政府が全権力を掌握,国民投票の結果,4月1日イスラム共和制が初代最高指導者ホメイニ師のもとに宣言された。初代大統領はアボルハサン・バニサドル。王制打倒に結集した勢力はイスラム勢力のほか,マルクス=レーニン主義の影響を受けたものから,民族主義者,新左翼グループ,自由主義者,バザール商人などさまざまで,そのすべてがイスラムに基づく国家理念に同調していたわけではなかった。
革命後,国家体制のあり方をめぐって激しい抗争が繰り広げられたが,1980年5月の国会選挙ではイスラム聖職者を中心とするイスラム共和党が圧勝し,その結果採択されたイスラム共和国憲法ではホメイニ師に三権分立をこえる国家最高指導者の地位を与え,イスラム指導者たちによる超議会的な憲法監視評議会の設置を定めた。その後イスラム聖職者の独裁に反対するグループは次々と粛清,排除され,ホメイニ師を中心とするイスラム国家体制が固められたが,それは周辺のアラブ諸国ばかりでなく,全世界のイスラム復古運動に大きな影響を与えることになった。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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知恵蔵

イラン革命
1979年、イランのパーレビ王朝が倒壊し、イラン・イスラム共和国が成立、ウラマー(イスラム法学者)の統治(ベラーヤテ・ファギーフ)と呼ばれる宗教指導者による支配体制が樹立された。反パーレビ運動を一貫して推進してきたカリスマ的指導者ホメイニがこの体制を指導した。しかし、88年に対イラク戦争の停戦を受諾することで、革命を武力で輸出しようという路線は挫折した。89年ホメイニの後継者とされていたモンタゼリが退けられ、同年6月にホメイニが死去すると、2代目の最高指導者にハメネイが就任した。だが、ホメイニのカリスマ性は継承できず、イランのイスラム体制は民衆への磁力を弱めた。さらに問題なのは、経済の停滞であり、少なからぬ数の国民は生活苦から革命体制への倦怠感をあらわにし始めている。宗教に指導された近代化、というイランの革命政権が掲げた理念は厳しい現実に直面している。
(高橋和夫 放送大学助教授 / 2007年)

出典:(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」

デジタル大辞泉

イラン‐かくめい【イラン革命】
1979年、パフラビー朝の独裁を廃して、イスラム教に基づく共和国を樹立した革命。亡命中のホメイニ師が帰国して指導者となった。イスラム革命。

出典:小学館
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世界大百科事典 第2版

イランかくめい【イラン革命】
1979年2月,パフラビー朝の国王独裁を打倒し,ホメイニーの指導のもとにイスラム政体を樹立した革命。その課題と目標はイスラム革命enqelāb‐e Islāmīとして表明された。イランが米ソ冷戦の焦点となって以来,国王モハンマド・レザー・パフラビーはアメリカに支えられ,国内の民主主義を抑圧してきた。1953年モサッデク打倒後,国王は軍と治安警察を強化して独裁機構を確立し,63年農地改革,国営工場の民間払下げ,企業利潤の労働者への分配,婦人参政権,文盲撲滅などの目標を掲げた白色革命の発足とともに,上からの改革を強権でもって進めようとした。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

イランかくめい【イラン革命】
1978年にシーア派のホメイニらを指導者として勃発し、翌年、独裁政権パフラビー王朝を倒したイランの革命。その後、ホメイニを最高指導者としたイラン・イスラム共和国が成立。対外的には反米、反ソ路線をとった。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

イラン革命
いらんかくめい
1979年2月11日、パフラビー王朝が崩壊し、イランが共和国として再生した革命。革命の過程については「イラン」の項に譲り、ここでは主として、この革命が現代世界の新しい革命の姿である点について述べる。イラン革命は、反王制国民運動の発展から革命後の国家理念に至るまで、イスラム・イデオロギー(とくにイスラム原理主義)に貫かれており、イラン側ではイスラム革命とよんでいる。イスラムが現代世界の変革のイデオロギーとして重要性をもっているのは、現代世界の矛盾の焦点の一つが中東であり、そこで疎外と抑圧を味わい、しかも圧倒的にイスラム教徒である人々に、イスラム原理主義が解放の展望を与えているからである。その典型例がイラン革命であるといえよう。
 第二次世界大戦後のパフラビー王朝の歩みは、米ソ冷戦下でのアメリカの支援と莫大(ばくだい)な石油利潤とに安定基盤を求め、国民に対しては弾圧政治に終始してきた。1962年以来の「白色革命」や、70年代の法外な石油利潤をてことする近代化は、新興特権階層の台頭を促す一方、農村や都市の商工業バザールの破産をもたらし、急膨張する都市化のなかで民衆は疎外と抑圧を受けるようになった。王朝の繁栄とは裏腹に、同国は秘密警察サバクが支配する暗黒政治に覆われていた。
 イラン国民の大半が属するイスラム教シーア派の宗教指導者層ホメイニらは、国民の窮状をイスラム教徒の共同体(ウンマ)の危機ととらえた。彼らは、本来のイスラム原理に基づくウンマの再生と結び付けて王制打倒を国民に提唱、反国王運動の先頭にたつことになった。イラン左翼勢力は、イスラム原理主義によるイスラム的正義と公正の実現を訴えるイスラム変革運動のなかに社会的変革の糸口をみいだして共感し、さらにバザール商人層も呼応した。こうした、イスラム原理主義を軸とする広範な国民結集の大運動のなかで、強大な軍事力を誇ったイラン王制も崩壊せざるをえなかったのである。
 ところで、イスラムのウンマとは、民族、部族の単位ではなく、神が人類救済の歴史のなかで使徒を遣わし、人間に呼びかけるその単位集団としての意味をもつものとされる。ここに、イラン革命を推進するシーア派イスラムの原理主義が、ウンマの再生のイデオロギーとして、宗派、国籍、民族の違いを超えて、広くイスラム教徒をとらえていく側面がみいだされる。ペルシア湾岸諸国や内戦下のレバノンまでが「革命の輸出」としてこれを危惧(きぐ)するのは、イラン革命のいわば国際的な性格を物語っていよう。ただし、イラン革命政権が、イラン国境内部に生活する他民族集団や他宗派集団に対して、その自治権を抑圧する傾向を強めている事実も否めない。シーア派イスラムに根ざす変革のイデオロギーが、新たな民族的差別の危険をどう断ち切っていけるかに、イラン革命の成否がかかっていよう。[藤田 進]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

イラン‐かくめい【イラン革命】
一九七九年、パーレビー朝の独裁を廃して、イスラム教にもとづく共和国を樹立した革命。亡命中のホメイニ師が帰国して指導者となった。

出典:精選版 日本国語大辞典
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