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インカ帝国【インカていこく】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

インカ帝国
インカていこく
Inca empire
南アメリカ北西部のアンデス高原に興った帝国。メソアメリカのマヤ,アステカの両帝国とともに古代アメリカ文明を代表する。 1200年頃に興り,1532年スペイン人に征服された。文字をもたなかったため,帝国の歴史と生活の実態はスペイン人年代記作者 (クロニスタ) の記録および考古学,民族学の研究により再編成されている。インカ帝国は当初クスコを中心とする一小部族社会にすぎず,帝国の始祖マンコ・カパックから第7代までの皇帝は伝説的存在だった。インカ帝国の急速な拡大は第9代のパチャクティ皇帝 (在位 1438~71) および第 10代トゥパク・インカ (在位 71~93) 時代の 30年間に行われた。近隣のルパカ族,チャンカ族を討ち,チムー王国を征服して最盛期を迎え,その版図は現在のエクアドルからチリの中央部に及ぶ 100万 km2 (日本の約3倍) ,人口約 600万を擁する大帝国となった。帝国の基盤は閉鎖的村落共同体 (アイユー) を中心とする農耕社会にあり,土地と家畜はほとんど国有とされ,その独特な農地政策は一種の社会保障の役割を果した。帝国は4つの県 (スーユ) に分れ,4人の県知事が皇帝の下で帝国の政治を担当した。帝国拡張政策は巧みで,被征服民族を移住させる制度 (ミティマ) が採用されて,未開拓地の開発と反乱抑制がはかられた。皇帝を頂点に貴族,神官,平民というピラミッド形をなす中央集権的な階層社会は流動性に乏しく,生産,消費から個人の生活にいたるまですべてが国家の統制下にあった。皇帝 (インカと呼ばれた) は太陽の化身で絶対的権力をもち,その血縁者は被征服民の首長 (クラカ) とともに貴族階級を構成した。神官も諸階級に分れ,平民は農耕のほか軍務や土木事業,鉱山の賦役労働 (ミタ) に動員され,一部は工芸に従事した。しかしながら高度に組織化され,その秩序を誇った帝国も,1532年内紛を起し,その内紛に乗じた F.ピサロとわずか 200人のスペイン人の手で翌年あえなく征服された。第 13代皇帝アタワルパ (在位 1532~33) の処刑でインカ帝国はついえたが,帝国の整った行政・社会組織はスペイン植民地体制内に温存されることになった。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

インカ‐ていこく【インカ帝国】
ペルー南部のクスコを中心に、15世紀から16世紀にかけて繁栄したインカ族の国。最盛期にはエクアドルからチリにまで及ぶ大帝国となった。太陽神を信仰し、その子とされる王を頂点とする君主制をとった。巨石建築物や黄金細工、織物などの高い文化を有したが、文字はない。1533年、スペインのピサロによって最後の王アタワルパが処刑され、滅亡。クスコやマチュピチュ遺跡が残る。→インカ
[補説]インカ帝国はヨーロッパ人による呼称。インカ人は自身の国土タワンティンスーユ(「四つの地方」の)と称した。

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世界大百科事典 第2版

いんかていこく【インカ帝国】

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精選版 日本国語大辞典

インカ‐ていこく【インカ帝国】
(インカはInca) 一二世紀前半頃、南米アンデス山中にインカ部族が建てた国家。一五世紀頃から強大になり、エクアドルからチリに及ぶ大帝国を築いたが、一五三二年、スペインのピサロに征服された。その独自の高度な文明はインカ文明と呼ばれる。

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社世界史事典 三訂版

インカ帝国
インカていこく
Inca
南アメリカ,ペルーのアンデス山系の高原地帯に栄えたインディオの帝国
12世紀前半に高地の巨石文化が統一され,15世紀には最盛期を迎えて,パチャクテックの治世に現在のエクアドルからチリに至る南北約4000㎞におよぶ大帝国となった。海抜3800mの地に首都クスコがあり,国王すなわちインカは神の化身で太陽の子と考えられ,国土のすべてを独占的に所有し,強大な軍隊と共同体組織によって全住民を支配した。トウモロコシ・馬鈴薯 (ばれいしよ) ・甘藷 (かんしよ) などの農耕が段々畑で営まれ,太陽神を最高神とする多神教信仰が行われた。冶金 (やきん) 術はマヤ文明,アステカ王国の文明よりも発達し,青銅・金・銀製の器具が製作されたが,天文・暦学は劣っていた。車・鉄器の使用は知らず,16世紀初めにクスコとキトの両勢力に分裂し,1533年スペインのピサロに滅ぼされた。文字はないが,キープと呼ばれる結縄の記録方法が有名。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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