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ウィット

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ウィット
Witt, Johan de
[生]1625.9.24. ドルトレヒト
[没]1672.8.20. ハーグ
オランダの政治家。ドルトレヒト市長の子。ハーグで弁護士となり,1650年にドルトレヒト市の法律顧問。議会派オランニェ党 (総督派) の争いにおいて,前者の指導者として頭角を現し,53年ホラント州議会の法律顧問として議長,首相,外相を兼ねる地位についた。第1次イギリス=オランダ戦争後,外交,国内改革,海軍力増強に専念し,第2次イギリス=オランダ戦争でイギリス海軍に打撃を与えた。 70年フランス軍のオランダ侵入に政治責任を負って引退後,ハーグでオランニェ党の暴民に虐殺された。深い学殖と抜群の政治的才幹によってオランダの国力と海上商業を絶頂期に導いたばかりでなく,北方戦争 (1655~60) に介入してデンマークを援助し,イギリス,スウェーデンと対仏三国同盟を結ぶなど 17世紀ヨーロッパ有数の大政治家であった。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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世界大百科事典 第2版

ウィット【wit】
語源的には〈認識する力〉〈知性〉を意味するが,やがて機知,機転などをさすようになった。それは17~18世紀ヨーロッパの文学が主知的傾向を強め,しかも宮廷社交界で知的洗練をきそう風潮が高まった結果である。思いがけない気のきいた言いまわしでぴたりと表現してみせる才気の文学が,〈ウィット〉の文学としてもてはやされた。しかし19世紀のロマン主義時代には,その種の理知的な傾向は嫌われ,〈ウィット〉は文学上の美徳の地位を失うことになる。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

ウィット【Otto Nikolaus Witt】
1853‐1915
ドイツの工業化学者。ペテルブルグに生まれ,ロシアで教育を受ける。チューリヒのポリテクニクを卒業後,1873年フルカン製鉄所の分析技術者となる。74年ハルトのプリント工場に勤めて,染料に関心をもつようになった。75年,ロンドン近くのウィリアムズ・トマス・アンド・ダウアー商会の染料工場で研究した後,79年帰国して,マンハイムの化学会社に勤めた。86年ベルリン工科大学で学位を取り,91年教授となる。多くの染料研究の中で,色が発色団の存在または原子配列に関係していることを明らかにしたウィットの法則の発見(1876),アゾ染料トロペオリンの合成(1879)などが特筆される。

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