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ウィーザー

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ウィーザー
Wieser, Friedrich Freiherr von
[生]1851.7.10. ウィーン
[没]1926.7.22. ザルツブルク,ザンクトギルゲン
オーストリアの経済学者,社会学者。ウィーン大学で法学,歴史学を学んだのち,C.メンガーの影響で理論経済学に転じ,ハイデルベルク,イェナ,ライプチヒ大学で K.クニース,W.ロッシャー,B.ヒルデブラントらに学ぶ。 1903年ウィーン大学教授。第1次世界大戦中は商務大臣をつとめ,戦後ウィーン大学へ復帰。主観価値説の主唱者の一人で,メンガーの限界効用理論を生産要素の価値の決定理論にまで拡張する帰属理論の定式化で著名。社会学では,今日の大衆社会を予見した。主著『自然価値論』 Der natürliche Wert (1889) ,『社会経済の理論』 Theorie der gesellschaftlichen Wirtschaft (1914) ,『勢力の法則』 Das Gesetz der Macht (26) など。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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世界大百科事典 第2版

ウィーザー【Friedrich von Wieser】
1851‐1926
オーストリアの経済学者。ハプスブルク帝国上級官吏を父として,ウィーンに生まれる。ウィーン大学で法律学,歴史学を学んだが,C.メンガーの影響で経済学に転じた。1884年からプラハのドイツ大学で講義したが,1903年メンガーの後継者としてウィーン大学に迎えられ,22年名誉教授。第1次大戦末期に商務大臣,上院議員を務めたこともある。 友人E.vonベーム・バウェルクとともに,メンガーの《国民経済学原理》(1871)を出発点として経済学研究にすすみ,メンガーの価値論を拡充して,オーストリア学派の形成に貢献した。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

ウィーザー
うぃーざー
Friedrich von Wieser
(1851―1926)
オーストリア学派の経済学者。ウィーンに生まれ、初めはウィーン大学で法律学を修めたが、のちにハイデルベルク、ライプツィヒ、イエナの各大学で経済学を学んだ。プラハ大学教授やウィーン大学教授を歴任し、第一次世界大戦中は商務大臣に就任したこともある。メンガーの後継者としてその理論の発展に努め、限界効用理論を生産要素の価格の決定にまで拡張して帰属理論による分配論を展開し、価格理論と分配理論を関連づけた。またメンガーの主観価値論を貨幣論へ適用し、所得数量説を提唱した。さらに彼は、効用と社会勢力の関連や経済の一般的意味と社会勢力との関係の分析にも深い関心を示して、晩年には主として社会学の研究に力を注いだ。主要な著作には『経済価値の起源と主要法則』(1884)、『自然価値論』(1889)、『社会経済の理論』(1914)などがある。[志田 明]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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