@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

ウェストファリア条約【ウェストファリアじょうやく】

大辞林 第三版

ウェストファリアじょうやく【ウェストファリア条約】
1648年ドイツのウェストファリア(ドイツ語名はヴェストファーレン)で、三十年戦争終結のためにドイツとフランス・スウェーデンとの間に結ばれた条約。ドイツでのカルバン派承認、フランス・スウェーデンの領土拡大、スイス・オランダの独立が承認された。また、領邦国家の主権が確立し、ドイツ分裂を決定的にした。

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

ウェストファリアじょうやく【ウェストファリア条約】
三十年戦争(1618‐48)を終結させた条約。1645年からドイツのウェストファリアWestphalia(ドイツ語ではウェストファーレン)地方のミュンスターとオスナブリュックとに分かれて講和会議が開かれ,各国の利害が衝突して長引いたすえ,1648年10月24日に調印された。参加国は,ドイツの領邦国家も一国と数えて,総計66国で,それまでのヨーロッパ史上最大の国際会議であった。 領土関係については,スウェーデンは西ポンメルンとブレーメン大司教領,フェルデン司教領,ウィスマルを獲得し,フランスはメッツ(メス),トゥールベルダンの3司教領とアルザスのハプスブルク家領の領有を認められた。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

日本大百科全書(ニッポニカ)

ウェストファリア条約
うぇすとふぁりあじょうやく
三十年戦争(1618~48)を終結させた条約。講和会議は、1645年からドイツのウェストファーレンWestfalen(ウェストファリアWestphaliaは英語名)地方のミュンスターとオスナブリュックとに分かれて開かれていたが、48年10月24日にようやく調印された。この条約により、スウェーデンは西ポンメルンとブレーメン大司教領、フェルデン司教領などを、フランスはメス、トゥール、ベルダンの3司教領とアルザスのハプスブルク家領を獲得し、ブランデンブルクは東ポンメルン、マクデブルク大司教領、ミンデン司教領などの領有を、バイエルンは南プファルツの領有と選帝侯位を認められ、スイスとオランダは独立国の地位を承認された。また、教会領については、1624年の状態に戻すことが決められ、また1555年のアウクスブルクの和議で否認されたカルバン派もルター派と同じ資格で承認された。そのほか、ドイツの領邦諸侯と帝国都市は、皇帝と帝国を敵としない限りという条件付きながら、相互の間で、また外国とも同盟する権利を認められた。この条約の結果、それまでヨーロッパで優越的な地位を占めていたハプスブルク家の勢力は後退し、フランスとスウェーデンが強国として台頭するとともに、ドイツ内部ではブランデンブルクの勢力が伸張することになった。一方、ドイツ帝国(神聖ローマ帝国)内の分立主義はいよいよ決定的となり、帝国は名目的存在にすぎなくなった。[中村賢二郎]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ウェストファリア条約」の用語解説はコトバンクが提供しています。

ウェストファリア条約の関連情報

関連キーワード

ル・ナン[兄弟]フロンドの乱クリスチャンルナン八十年戦争シケイラ・デ・ソウザヤヴォルとシフィドニツァの平和教会群ウィルキンズクリスティアン[4世]ルナン

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation