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エベール(Jacques-René Hébert)【えべーる】

日本大百科全書(ニッポニカ)

エベール(Jacques-René Hébert)
えべーる
Jacques-René Hébert
(1757―1794)

フランス革命期のジャーナリスト、政治家。アランソンの富裕な金銀細工商の子。母は貴族出身。9歳で父が死亡、家運が傾き、弁護士を志して法律を学び、26歳のときパリに出て、ボヘミアン生活の窮乏をなめる。革命が勃発(ぼっぱつ)する(1789)と、新聞、パンフレットなどの盛行をみてジャーナリストたろうと決心、野卑な文章で人気を得たアンリクの『くそくらえ』紙にヒントを得、1790年に新聞『デュシェーヌ親父』Le Père Duchesneを発刊する。民衆そのままのこの人物に俗語、卑語で日々の事件を語らせ、たちまちパリ下層の急進的な民衆に対するプロパガンダの代表たる地位を獲得する。これを足場に政治に進出、コルドリエ・クラブに加入、各セクションの急進派の一中心としてパリ・コミューンに勢力を確保、1792年8月10日の蜂起(ほうき)に活躍、ジロンド派の憎しみ、恐れの的となり逮捕されるが、民衆蜂起の脅迫によりただちに釈放される。1793年5月~6月のジロンド派追放の一翼を担ったが、ロベスピエール派の権力掌握後は、これをなお穏健なりとするモンターニュ(ジャコバン)派左派のリーダーとなり、「理性の祭典」など非キリスト教化運動を推進した。1794年3月、革命派を装う外国人の陰謀事件加担を理由に、同志とともに逮捕され、同月24日ギロチン上で刑死した。エベール派とよばれた左派の切り捨ては、結果的にはテルミドールの反動の一因をなしたといえる。

[樋口謹一]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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