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オクセンシェーナ

世界大百科事典 第2版

オクセンシェーナ【Axel Gustafsson Oxenstierna】
1583‐1654
スウェーデン宰相(1612‐54)。貴族の出身。カール9世の有力な顧問大臣として活躍,その後グスタブ2世アドルフの宰相となり,国王と協調して国務院を設立し,国会法,都市行政法などを定めて行政機構の整備・改革を断行し,貴族支配を固めるため貴族院創設,経済振興を図るために重商主義を採用して商法・海事法を立法化した。またウプサラ大学学長として学問興隆に努めた。外交でもらつ腕を振るって前王時代から続行していたデンマークポーランド,ロシアとの対外戦争決着をつけてバルト帝国建設のを築いた。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

オクセンシェーナ
おくせんしぇーな
Axel Gustafsson Oxenstierna
(1583―1654)
スウェーデンの伯爵、宰相(在任1612~1654)。カール9世の有力な顧問大臣として活躍。王の死後、グスタフ・アドルフの摂政となり、国務院を創設した。グスタフの即位後、「難局打破のため、神が贈り給うた手足」といわれるほど国王の厚い信任を受け、グスタフと協調して国会法、政府機関の整備、改革を行って同国の行政機構の基礎を築き、貴族院を設立して貴族体制を固めた。さらに重商主義を採用して、商法、海事法、都市行政法、郵便制度などを施行し、都市、商業の発展に尽力した。ウプサラ大学の長として学問の興隆を図り、また学校法を制定して教育面でも大きな業績を残した。外交では、続行していたデンマーク、ロシア、ポーランドとの対外戦争に巧みな外交手腕で決着をつけ、バルト海帝国の建設に多大な貢献をした。グスタフの三十年戦争介入では、東プロイセンの占領地域の総司令官になるなど、強力に戦場の国王を支援した。グスタフの戦死(1632)後、スウェーデンの最高指導者として、ウェストファリアの講和では同国に有利な条件をもたらした。グスタフの王女クリスティナの摂政となったが、女王の親政後に政策上の対立が深まり、政治から遠ざかった。同国最大の政治家の一人と目される。[清原瑞彦]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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