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オニビシ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus

オニビシ
?-1668 17世紀中ごろのアイヌの首長。
蝦夷(えぞ)地(北海道)シツナイ場所のハエ(門別町)にすむ。漁猟権をめぐってシブチャリ(静内町)首長シャクシャインとあらそう。1655年(明暦元)松前藩調停で一時和睦するが,1668年(寛文8)5-6月シャクシャイン側の奇襲にあって死亡した。

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

オニビシ
?‐1668(寛文8)
江戸時代,北海道日高地方ハエのアイヌの首長。御味方アイヌの一人。近世初期以来,日高地方のシブチャリ・アイヌとハエ・アイヌが互いに漁猟圏をめぐって争いをつづけていたが,1655年(明暦1)松前藩の調停工作もあって,城下松前でシブチャリの首長シャクシャインと会見し一時和睦した。しかし,その後も両者の争いはやまず,68年4月シャクシャインの奇襲攻撃にあい死亡した。オニビシ死後松前藩の救援を要請した同族の一人が帰途死亡したことから,これを契機に両者の争いは反和人・反松前のシャクシャインの戦へと発展していった。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

日本大百科全書(ニッポニカ)

オニビシ
おにびし
(?―1668)

東蝦夷地(えぞち)(北海道東部)のハエを拠点とするアイヌの一族ハエクルの首長。ハエは波恵川(日高町内)流域と思われるが、1669年(寛文9)のシャクシャインの戦いのようすを記録した『蝦夷蜂起(ほうき)』は、静内(しずない)川(新ひだか町内)を3里ほどさかのぼった「はえ」を「在所(ざいしょ)」としている。静内川流域までハエクルの狩猟圏が広がっていたのは確実なようで、この地域でメナシクル(首長シャクシャイン)と漁猟権などをめぐって長年衝突を繰り返していた。アイヌ社会における政治勢力の成長過程と思われるが、松前(まつまえ)藩寄りのハエクルと、危険視されているメナシクルといった日本人との関係が加わるため順調な過程とはなりにくかった。1655年(明暦1)には、松前藩の強制的休戦の呼びかけに応じたものの、紛争は絶えず、1668年(寛文8)シャクシャインの手勢の奇襲攻撃によりオニビシは殺された。ハエクル一族の者は松前藩に使者を送り援助を得ようと交渉するが成功せず、使者も帰路に病死、それが松前藩による毒殺の風説となってシャクシャインの対日本人蜂起のきっかけとなった。

[田端 宏]

『北海道編「津軽一統志」(『新北海道史 第7巻』所収・1969・新北海道史印刷出版共同企業体)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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