@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

オルデンブルク

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

オルデンブルク
Oldenburg, Henry
[生]1618頃.ブレーメン
[没]1677.9.5. ロンドン
イギリスで活躍したドイツ出身の科学ジャーナリスト。父はブレーメンの教師。ユトレヒト大学で神学を学ぶ。 1640年代の数年間のイギリス滞在後,ブレーメンの外交官としてイギリスに居を構える (1653) 。巧みな語学と幅広い交際,精力的な旅行によって当時のヨーロッパ中の著名な学者と知合う。ロンドンにロイヤル・ソサエティが設立されるとその書記となり (62) ,広範囲の文通によって科学的情報の収集,交換に努めた。ロイヤル・ソサエティの『フィロソフィカル・トランザクション』誌を,まったくの独力で編集,発行 (65) ,その後の科学専門雑誌の発展の基礎を築いた。またロイヤル・ソサエティの名で,科学的著作の翻訳刊行にも力を注ぎ,ヨーロッパ科学全体の発展のの原動力となった。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

オルデンブルク
Ol'denburg, Sergei Fëdorovich
[生]1863.9.26.
[没]1934.2.28.
ソ連の東洋学者,インド学者。 1897年以来『仏教文庫』 Bibliotheca Buddhicaの刊行を行なったほか,東トルキスタンを探検した (1909~10,14~15) 。科学アカデミー常任書記 (07~29) ,レニングラード東洋美術館館長。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

オルデンブルク
Oldenburg
ドイツ北西部,ニーダーザクセン州都市。ブレーメン西方の北ドイツ平原にある。 12世紀初頭からの町で,1345年都市権を得,オルデンブルク公の居地となった。ウェーザーエムスの両川にはさまれた地方の商工業の中心地。牛馬市が立ち,産業は食肉加工ガラス繊維業など。オルデンブルク大公宮殿 (1607~15) など歴史的建築物もあり,劇場,図書館,植物園など文化施設も整っている。鉄道の交点であり,また港はフンテ川でウェーザー川に,キュステン運河でエムス川に通じる。人口 16万1334(2010)。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉プラス

オルデンブルク
Oldenburg》ドイツ海軍の戦艦。ヘルゴラント級。1910年進水、1912年就役の弩級戦艦。1916年のユトランド沖海戦に参加。第一次世界大戦後、賠償艦として日本に割り当てられたが編入はされず、1921年に解体

出典:小学館
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

おるでんぶるく【オルデンブルク】

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

日本大百科全書(ニッポニカ)

オルデンブルク
おるでんぶるく
Oldenburg
ドイツ北西部、ニーダーザクセン州の行政中心都市。人口15万4800(2000)。ウェーザー川左岸の支流フンテ川の左岸に位置し、ブレーメンから北西方に向かう道路の渡河点に町ができた。17世紀までは潮汐(ちょうせき)がここまで及び、外国貿易も行われたが、川の土砂の堆積(たいせき)で不可能となった。かつては官吏と年金生活者の都市で、農産物加工、農業機械などわずかな工業があるにすぎなかったが、1935年にエムス川とウェーザー川を連絡するキュステン運河が建設され、70年にそれが拡張されて、輸送業のほか、電気機器、繊維、木材などの工業が立地し、工業都市に変わりつつある。旧市街とその南に隣接する城館が市街地の核心をなし、その外に20世紀になって発達した部分が広がっている。城館は現在、芸術史・文化史博物館となり、背後の庭園が美しい。その他古い教会、自然・先史博物館、国立劇場、大学などの文化財、文化施設が多い。[齋藤光格]

歴史

旧オルデンブルク大公国の首都。8世紀ごろから定住が始まり、12世紀なかば以降、オルデンブルク伯の居城があった。13世紀に市場が成立し、商業が栄えたが、ハンザ同盟には加盟しなかった。最古の都市法は1345年。1667年から1773年までデンマーク領となったが、以後1918年まで公(大公)の宮廷があった。1815年に同大公国は面積6400平方キロメートル、人口約20万を数えた。行政と文化の中心で、工業もおこった。同大公国は旧ドイツの一州となったのち、1946年ニーダーザクセン州に編入された。哲学者ヤスパースの生地。[諸田 實]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

367日誕生日大事典

オルデンブルク
生年月日:1854年10月31日
ドイツのインド学者
1920年

出典:日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」
(C) Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
それぞれの項目は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

オルデンブルク」の用語解説はコトバンクが提供しています。

オルデンブルクの関連情報

関連キーワード

鑑定留置桓帝争点証拠整理手続ビーラー・ホラの戦桓帝デメトリオス1世[バクトリア]トリブツム時効副市町村長民事執行法

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation