@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

オロシウス

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

オロシウス
Orosius, Paulus
4世紀末から5世紀初め頃のスペインの司祭,歴史家。 414年頃ヒッポにおもむき,そこでアウグスチヌスに会ってその弟子となった。アウグスチヌスのすすめにより著わした主著異教徒に対する歴史』 Adversus Paganos Historiarum libra VIIはキリスト教の立場から書かれた最初の世界通史である。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

オロシウス【Paulus Orosius】
ローマ帝国末期のヒスパニア(スペイン)出身の司祭。生没年不詳。414年,すでに《プリスキリアヌス派およびオリゲネス派の過誤に関する教訓書》を著していたオロシウスは,ゲルマン諸族に蹂躙(じゆうりん)される生地を逃れてアフリカへ渡り,アウグスティヌスの弟子となる。415‐416年,師の勧めでベツレヘムヒエロニムスのもとを訪れ,415年エルサレムの地方教会会議ではペラギウス異端として論難している。東方から戻ると,《神の国》を執筆中のアウグスティヌスに,西ゴートのローマ市略奪(410)を契機に再燃した異教徒のキリスト教非難を歴史的に論駁するよう勧められ,1年余りで《異教徒に反論する歴史》7巻を完成させた。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

日本大百科全書(ニッポニカ)

オロシウス
おろしうす
Paulus Orosius

生没年不詳。スペイン出身の聖職者、著作家。414年ごろ、若くしてヒッポの司教アウグスティヌスの指導を求めて北アフリカに渡り、ついで聖地に行き、エルサレムでペラギウスと論争した。その後アフリカに戻り、アウグスティヌスの勧めにより、『神の国』を補う目的で、中世の歴史記述に深い影響を与えた世界史書『異教徒を駁(ばく)する歴史』7巻を418年ごろ書き上げたが、以後の消息は不明である。

[出崎澄男]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

オロシウス」の用語解説はコトバンクが提供しています。

オロシウスの関連情報

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation