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カバルカンティ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

カバルカンティ
Cavalcanti, Guido
[生]1255頃.フィレンツェ
[没]1300. フィレンツェ
イタリアの詩人。「清新体」派の代表者の一人で,ダンテ最良の友。『ある女性われに乞うて』 Donna me prega,『われ思いもかけずに』 Io non pensavoなどの詩篇が代表作。そのは 1527年に最初に集められたが,現在入手可能な版には N.アルノーネ編『カバルカンティ詩集』 Le rime di G. Cavalcanti (1881) がある。また D.G.ロセッティ,E.パウンドらによって英訳され親しまれた。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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世界大百科事典 第2版

カバルカンティ【Alberto Cavalcanti】
1897‐1982
ブラジル出身の映画作家,プロデューサー,シナリオライター,美術監督。世界の映画史に残した足跡は大きく,まずフランスでは1920年代に,マルセル・レルビエ監督《人でなしの女》(1923),《生けるパスカル》(1925)の美術・セットデザイナーおよびアバンギャルド映画(《時の外何物もなし》1926,《港町にて》1928,等々)の監督として活躍,次いでイギリスでは,ロンドンのGPO(イギリス郵政局)映画班でジョン・グリアソンの片腕としてプロデューサー兼監督になり,《コール・フェイス》(1935),《北海》(1938)といった作品を撮って1930年代のイギリスのドキュメンタリー映画運動の一翼を担い,40年代にはイーリング撮影所でマイケル・バルコンの共同プロデューサー兼監督として,のちの〈ハマー・プロ〉の作品を予告するようなオムニバス構成の怪奇映画《真夜中》の〈もっとも身の毛のよだつ〉エピソード(《腹話術師のダミーとクリスマス・パーティー》)やディケンズ原作の《悪魔の寵児》(1946)をみずから撮る一方,イギリスの映画音楽の基礎をつくり(例えばベンジャミン・ブリテンといった現代音楽の作曲家を初めて映画に導く等々),49年には帰国してブラジル映画の復興に貢献し(1953年のカンヌ映画祭でアクション映画賞,音楽賞を受賞してブラジル映画の名声を国際的に高めた《野性の男》の製作に参加),その後,50年代半ばに再びヨーロッパに渡って,東ドイツ,オーストリア,イタリアで監督として活躍。

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カバルカンティ【Emiliano di Cavalcanti】
1897‐1976
ブラジルの画家。1922年,現代美術週間を組織して同国の文化に衝撃を与えた。23年よりパリに滞在し,ピカソやマチスを知る。第2回サンパウロ・ビエンナーレ絵画部門グランプリ受賞(1953)。ブラジル・モダニズムの先駆者として知られ,洗練された具象フォルムにブラジルの風土を感じさせる泥臭い色を使っている。【加藤

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カバルカンティ【Guido Cavalcanti】
1255ころ‐1300
イタリアの詩人教皇党に属するフィレンツェの貴族の家に生まれる。政争に巻き込まれ,1300年6月サルザーナに流謫の身となるが,急な病を得て同年8月フィレンツェでした。いわゆる〈清新体〉派を代表する詩人の一人で,若きダンテも親しく事している。ソネットやバラータ,カンツォーネを含む50編余りの詩が残されており,愛の本質について哲学的思索をめぐらせた《貴婦人(きみ)に乞いて》のような作品もあるが,愛を前にしておののく心の不安や内面苦悩を音楽性に富んだ語法で歌い上げたものが多い。

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大辞林 第三版

カバルカンティ【Guido Cavalcanti】
1255~1300 イタリアの詩人。ダンテが「新生」を捧げた清新体派の理論的支柱。アベロエス哲学の影響を受けた愛の悲歌「女が請うゆえ」五二篇が残されている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

カバルカンティ
かばるかんてぃ
Guido Cavalcanti
(1259ころ―1300)
イタリアの詩人。代々ゲルフ党(教皇派)に属するフィレンツェの名家の出身で、ダンテと親交を結び、現存する詩52編のなかには、ダンテやグイットーネ・ダレッツォに宛(あ)てられたソネット(十四行詩)も36編収められている。ダンテを除けば清新体派のもっとも重要な詩人で、ダンテ自ら『新生』をカバルカンティに捧(ささ)げている。ただし、カバルカンティは「愛(アモーレ)」のうちに至上の喜びと隣り合わせた死の存在を認めており、彼の作品にはつねに暗い影がつきまとっている。フィレンツェ市政の要職につき、ドナーティ家と鋭く対立して、1300年6月にはサラザーナに流刑されたが特赦によって2か月後にフィレンツェに帰り、その年のうちに没した。[河島英昭]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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