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カルデア人【カルデアじん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

カルデア人
カルデアじん
Chardeans
新バビロニア (カルデア) 帝国を建設したセム系遊牧民の一つ。前 1100年頃バビロニア南部に定着し,前8世紀末に部族統一国家を形成,前 625年ナボポラッサルバビロンで独立し,メディアと連合して,アッシリアの首都ニネベを前 612年に陥れ,新バビロニア帝国を建設した。その子ネブカドネザル2世 (在位前 605~562) 時代には国土も旧アッシリア領の大部分を占め,首都バビロンには吊庭で有名な大宮殿,バベルをもつ大神殿,凱旋道路,大城壁などが建設,あるいは再建され,政治,経済,文化も大いに栄えて,王国の全盛時代を迎えた。前 586年エルサレムを破壊して王以下をバビロンに囚したのもネブカドネザルで,これは『哀歌』に歌われたバビロニア捕囚で広く知られている。しかし前 539年ナボニドス新興アケメネス朝ペルシアの軍門にくだり,帝国は1世紀足らずで滅亡した。

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世界大百科事典 第2版

カルデアじん【カルデア人 Chaldeans】
もともとバビロニア南部の沼沢地帯に住んでいたセム系民族。アラム人一派と考える説もあるが定説とはなっていない。カルデア人社会は,各部族の先祖の名を冠して〈何某の家〉と呼ばれる五つの部族から成り立っていた。彼らが史料に初めて現れるのはアッシリア王アッシュールナシルパル2世(在位,前883‐前859)の時であるが,その後は歴代のアッシリア王の年代記などに登場する。カルデア人でバビロンの王座につくのはヤキン族出身のマルドゥクアプラ・ウスルが最初と思われるが,前8世紀後半アッシリアに抵抗して2度もバビロン王となったメロダクバラダン2世(マルドゥク・アプラ・イッディナ)は特に有名である。

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大辞林 第三版

カルデアじん【カルデア人】
バビロニア東部にいたセム系の民族。 → 新バビロニア

出典:三省堂
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旺文社世界史事典 三訂版

カルデア人
カルデアじん
Chaldeans
新バビロニア(カルデア)王国を建てたセム語族系の民族
前7世紀後半のナボポラッサル王のとき,アッシリアを滅ぼした。バビロン捕囚とバベルの塔で有名なネブカドネザル王のときに最盛となる。前538年にアケメネス朝に滅ぼされた。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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