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カロ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

カロ
Callot, Jacques
[生]1592/1593. ナンシー
[没]1635.3.24. ナンシー
フランスの銅版画家,風刺画家。 11歳でボヘミアンの群れに加わり,1608年ローマ版画を学ぶ。 12年頃フィレンツェに移り,メディチ家の庇護を受けるようになって銅版画に専心し,独自の技法を編出す。 21年ロレーヌ公の要請でナンシーに帰る。その後は女王の招きでフランドルへ行き,『ブレダ包囲』を制作,宰相リシュリューに重んじられパリに滞在するなどして,生涯に 1500点に及ぶ銅版画を残す。その内容も風俗,風景,戦争,宗教と幅広い。特に風刺画家としては重要な存在。代表作『インプルネタの歳の市』 (1620) ,『戦争の悲惨』 (32) 。

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カロ
Caro, Sir Anthony
[生]1924.3.8. ロンドン
[没]2013.10.23.
イギリスの彫刻家。フルネーム Sir Anthony Alfred Caro。13歳の夏休みに彫刻家の見習いを経験し,その後ケンブリッジ大学クライスツ・カレッジで機械工学を学ぶ。第2次世界大戦後,リージェント・ストリート・ポリテクニックを経て 1947~52年ロイヤル・アカデミー・スクールで彫刻を学び,1951~53年ヘンリー・ムーア助手を務めた。1950年代には具象的な人体像を制作していたが,1959年アメリカ合衆国に渡り,彫刻家デービッド・スミス知遇を得,現代美術に示唆された。帰国後の 1960年に鉄板鉄材を組み合わせて彩色した抽象彫刻を制作(→抽象美術),台座を排して作品を地面に直接置き,戦後のイギリスの彫刻界に新時代を画した。1970年代以降は彩色しないさびた鉄板の作品も手がけ,1990年代に入ってからは陶彫も制作した。代表作『ある早朝』(1962)など。1987年ナイトに叙された。1992年高松宮殿下記念世界文化賞を受賞した。

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カロ
Caro, Heinrich
[生]1834.2.13. ポズナン
[没]1910.9.11. ドレスデン
ドイツの有機化学者。実業学校に通うかたわらベルリン大学で化学の講義を聞いた。 1855年染料会社に入社し,最新の染料技術を学ぶためイギリスに出かけた (1857) 。 66年帰国後は,さらにハイデルベルク大学の R.ブンゼンのもとで基礎的な研究にたずさわった。 68年からは染料会社の所長をつとめた。単独でまた協同で多くの染料の開発,工業化に努め,98年のカロ酸 H2SO5 の発見でも知られている。

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カロ
Qaro Caro; Karo, Joseph ben Ephraim
[生]1488. トレド?
[没]1575.3.24. サファド
ユダヤ教の法典『シュルハン・アルフ』の編纂者。この法典は 14~15世紀に,儀礼,法制上の実践の混乱を収拾するために編まれ,今日にいたるまでユダヤ世界の最も権威ある法典とされている。

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世界大百科事典 第2版

カロ【Heinrich Caro】
1834‐1910
タール染料工業発展に貢献したドイツの有機化学者・技術者。ポーランド生れ。染色師としての職業訓練を受けるかたわら,ベルリン大学で化学の講義を聴く。1859年イギリスに渡り,ロバーツ・デル社に入り,W.H.パーキンが開発したふじ色染料モーブのより効果的な製造法を見いだし,共同経営者となる。66年ドイツにもどり,68年BASF(バスフ)社に入社,多くの業績を重ねた。K.グレーベとK.T.リーバーマンにより合成されたアリザリンの工業化に成功し,アゾ染料ならびにエオシン,ジヒドロインドール,メチレンブルーなど各種色素を開発した。

出典:株式会社平凡社
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カロ【Jacques Callot】
1592‐1635
フランスの版画家,素描家。ナンシーに生まれ,早くからイタリアに出る。1612年より9年間フィレンツェ,ローマで,特にカンタガリーナとテンペスタに師事し,素描と銅版画を学ぶ。14年からコジモ・デ・メディチ2世に仕え,宮廷の祝祭などを銅版画で記録。フィレンツェ時代には,固い防食剤を用いエングレービングに似せた効果をもつ彼独自のエッチング技法を考案した。画風は柔軟で動勢のある筆致により,後期マニエリスム的優美さとグロテスク趣味を融合した幻想的で才気あふれる表現を確立。

出典:株式会社平凡社
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化学辞典 第2版

カロ
カロ
Caro, Heinrich

ドイツの有機化学者.成功したユダヤ系の穀物販売人の息子.かれは実業学校で染料に関する教育と訓練を受けていた.1852~1855年ベルリン大学で化学を学び,その後,合成染料工業界で生涯貢献した.最初,ミューンハイムの綿プリント会社に色着け師として雇われた.1857年W.H. Perkin(パーキン)がアニリンからモーブを合成した年,最新の染料工業技術を学ぶためにイギリス,マンチェスターに渡る.合成染料の生産に携わり,工業的有機化学者として有名になっていった.1866年に帰国して,BASF社に招かれ,1868年研究主任になった.1869年C. Graebe(グレーベ),C.T. Liebermann(リーベルマン)とともにアリザリンの合成に成功した.メチレンブルーなど多くの色素を開発し,1889年に勇退後も自宅の実験室で研究を続け,ドイツ染料と化学に影響を与えた.

出典:森北出版「化学辞典(第2版)」
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