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ガルシア・ロブレス

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ガルシア・ロブレス
García Robles, Alfonso
[生]1911.3.20. メキシコサモラ
[没]1991.9.2. メキシコシティー
メキシコの政治家。聖職を志望していたがのち法学に転じ,メキシコシティー,パリ,ハーグの国際法アカデミーで学ぶ。 1939年メキシコ外務省に入り,ストックホルム駐在大使館に派遣。 45年,国連創設のためのサンフランシスコ会議のメキシコ代表団に加わり,その後数年間,国連事務局員として勤務。 1950年代末にはメキシコ外務省の局長として海洋法会議で中心的役割を演じた。ブラジル駐在大使在任中から中南米諸国の非核化に努力し,ラテンアメリカ核兵器禁止条約をまとめあげた。 77年ジュネーブ軍縮会議の常任委員。 78年軍縮に関する国連特別総会においてメキシコ代表団長をつとめた。 82年 A.ミュルダールとともにノーベル平和賞を共同受賞。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)

ガルシア・ロブレス
がるしあろぶれす
Alfonso Garca Robles
(1911―1991)
メキシコの外交官。サモラに生まれる。メキシコ国立大学で国際法などを学び1933年卒業、のちにパリ大学、ハーグの国際法アカデミーに留学する。1939年に外務省に入り、ブラジル大使、外務次官等を経て、1971年から1975年までメキシコの国連代表、1975年から1976年まで外務大臣を務めた。さらに1977年にはジュネーブ軍縮委員会(現、軍縮会議)のメキシコ代表となった。
 ガルシア・ロブレスは、キューバ危機の際に当時のメキシコ大統領ロペス・マテオスAdolfo Lpez Mateos(1910―1969)が提唱したラテンアメリカ核兵器禁止条約(トラテロルコ条約)のとりまとめに努力し、1967年に署名にこぎつけた(1968年発効)。この条約は、米ソ二大勢力の衝突によってラテンアメリカが核戦争に巻き込まれるのを防止するために、この地域における核兵器の製造、実験などを禁止するものであった。また彼は、国際連合においても軍縮問題に積極的にかかわり、1978年に開かれた第1回国連軍縮特別総会では代表の一人として各国間の調整にあたり、最終文書の採択に成功した。1982年、長年にわたる軍縮活動に対して、スウェーデンのミュルダールとともにノーベル平和賞を受賞した。1985年には軍縮会議の議長に選出された。[編集部]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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