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ガンダーラ美術【ガンダーラびじゅつ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ガンダーラ美術
ガンダーラびじゅつ
Gandhāra art
パキスタン北西部からアフガニスタン東部に及ぶ地域で,紀元前後頃から6~7世紀頃まで行われたヘレニズムローマの影響の著しい美術。ペシャワルスワート,タクシラ,ジェララバードの4つの地方を中心に栄え,仏教寺院を荘厳する彫刻類に代表される。彫刻類は片岩,千枚岩によって制作され,時代が下るとスタッコ造や泥造も多くなる。主題は仏伝が圧倒的に多く仏塔の基壇などにはめこまれた。単独の仏,菩薩像も多く造られ,祠堂などに安置された。ヘレニズム・ローマ的なモチーフも多くみられる。ギリシア的な作風が強く表われているものが古く,次第に形式化,地方化していったとする説が一般的であるが,パルティア・ササーンおよびローマ美術との比較検討によって再評価すべき問題が多く,ガンダーラ美術の編年は困難をきわめている。

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世界大百科事典 第2版

ガンダーラびじゅつ【ガンダーラ美術】
パキスタン北西部のペシャーワル県にほぼ相当する古代の国ガンダーラGandhāraを中心に,東のタキシラ地方,北のスワート地方,西のアフガニスタンの一部をも含む地域で1~5世紀に展開した仏教中心の美術。クシャーナ朝時代に初めて仏陀の姿を表現してその図像を定型化したことは特筆に値し,インド,中央アジア,中国仏教美術に多大の影響を及ぼした。石彫主体とし,塑造彫刻や金工品も多く,象牙彫刻も一部におこなわれたが,絵画遺品は乏しい。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

ガンダーラ美術
がんだーらびじゅつ
ガンダーラとはインド亜大陸の北西部、いまのパキスタンの北部にあった古い地名で、同国ペシャワル県がその地域にあたり、三方を山に囲まれ三角形の盆地をなす。その名は古く『リグ・ベーダ』や『アタルバ・ベーダ』にも出てくるが、紀元前6世紀にこの地方を支配したペルシアのアケメネス朝の碑文に、属州となった国々の一つとしてガンダーラの名が記されている。前4世紀末、アレクサンドロス大王の東方遠征のとき、大王の軍の侵入を受け、前3世紀にはインド、マウリヤ朝のアショカ王の支配するところとなったが、のち北方遊牧民の一つであるサカ人の南下にあい、やがてアフガニスタン北部に興った中央アジア土着のクシャン人がこの地に勢力を伸ばし、クシャン朝を樹立、文化繁栄の基礎を築き、カニシカ王のとき最盛期を迎えた。カニシカ王の在位年代については諸説あり一定しないが、2世紀中ごろとする説が有力である。
 カニシカ王はプルシャプラ(いまのペシャワル)を都とし、アフガニスタン北部からインドのマトゥラ、中国の西域(せいいき)の一部に至る広大な領土を支配した。仏教もこの時代に全域に広まり、寺院の建立、仏像の制作は空前絶後の盛況を呈した。とくにガンダーラ地方で初めて仏像がつくられ、その時期は1世紀末から2世紀初めと考えられている。ペシャワルには古代の遺跡はほとんど残っていないが、カニシカ王のストゥーパといわれる遺跡から20世紀初めに青銅製の舎利容器が発掘され、その側面には、カニシカ王の寄進を証明するカローシュティー文字の銘文が彫られていた。
 ペシャワルを中心に興った仏教美術はその周囲にも波及し、北はスワット渓谷、東はタキシラにもその遺跡が発見されるが、この時代にこの地方一帯に栄えた仏教美術をガンダーラ美術と称する。クシャン朝時代のガンダーラは、文字どおり文明の十字路にあり、東はインド、中国、北は北方遊牧民族の国々、西はペルシアからギリシア、ローマへと通じ、東西文化の影響を受けた。仏像にもギリシア、ローマの自然主義的な傾向と、土着的な要素の入り混じったものがみられ、インド亜大陸の一部でありながら、インドの伝統的な作風の希薄な、むしろ西方的な特色の強い美術が生み出された。彫刻では、もっとも芸術性の高い時期は3世紀ころを頂点とし、4、5世紀になるとやや衰退の様相がみられる。しかし中国へ仏教が初めて伝播(でんぱ)したのはこの時期であり、北魏(ほくぎ)時代の仏教美術に大きな影響を及ぼしたことは、さまざまな遺品が物語っている。ガンダーラ美術の遺品は、材料が青黒色の角閃(かくせん)片岩によるものが大部分で、末期になるとストッコ(漆食(しっくい))の像が多くなり、その表面に彩色を施している。[永井信一]
『栗田功編著『ガンダーラ美術』全2巻(1989・ニ玄社)』

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精選版 日本国語大辞典

ガンダーラ‐びじゅつ【ガンダーラ美術】
〘名〙 インドのガンダーラ地方に起こった古代仏教美術。インド美術とギリシア美術の融合により生まれたもので、紀元前一世紀半ばに起こる。一~二世紀最盛期を迎え、六世紀頃に衰える。現存する遺品は彫刻が主で、仏像の発祥地とみなされている。

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旺文社世界史事典 三訂版

ガンダーラ美術
ガンダーラびじゅつ
Gandhāra
インド北西部のプルシャプラ(現ペシャワール)を中心とするガンダーラ地方で,紀元前後ごろ生まれた仏教美術
1〜4世紀にかけて,仏教とヘレニズム文化融合して形成され,その盛時はクシャーナ朝のカニシカ王以後の1世紀であった。仏教徒は初め仏像を人の形で表現するのを知らなかったが,ギリシア人神像が人の理想像で表現されるのをみて,ギリシア的手法でつくり始めたので,仏像もゼウスアポロンアテネなどの神像に似ている。この芸術は,中国の雲崗 (うんこう) をへて日本にも影響を与えた。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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旺文社日本史事典 三訂版

ガンダーラ美術
ガンダーラびじゅつ
紀元前後から数世紀にわたりインド北西部ガンダーラ地方に発達したヘレニズム風の仏教美術
この芸術は西域から中国に伝播して雲崗 (うんこう) などの仏教芸術を生み,日本の飛鳥文化にも強い影響を与えた。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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