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キュビエ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

キュビエ
Cuvier, Georges Léopold Chrétien Frédéric Dagobert, Baron
[生]1769.8.23. モンベリアール
[没]1832.5.13. パリ
フランスの動物学者。科学としての比較形態学および古生物学基礎確立した。ドイツのシュツットガルトの「カルル学院」で法律学を修めた (1784~88) のち,貴族の家庭教師をしながら海産動物 (特に軟体動物) を研究 (88~95) 。その成果が E.ジョフロアサン=ティレールに認められてパリの自然史博物館館員 (95) ,コレージュ・ド・フランスの博物学教授 (1800) となった。彼は,『比較解剖学講義』 Leçons d'anatomie comparée (全5巻,1800~05) で,動物の体はまとまって全体をなしていて,それを構成するそれぞれの器官は機能的に互いに相関し合っているという相関の原則 (キュビエの原則) を明らかにして,化石をもとにして過去の動物の形態を復元することを可能にした。彼はさまざまな深さの地層から掘出した化石の復元作業を行なって,現生の動物とは異なる脊椎動物がかつて存在したこと,地層とそこに含まれる化石の種類との間に対応関係があるのを認めて地層が古いほど現生の動物との差異の大きな動物化石を含むことを明らかにした (12) 。キュビエは種を不変と考えていたので,これを動物の進化してきた跡を示すものとは考えず,天変地異が繰返されてそのたびに動物は絶滅したと明した。また動物の分類を試み,動物界には互いに独立な4つの構造上の型,すなわち脊椎動物,関節動物,軟体動物,放射動物が存在すると主張して,現生動物に復元された化石動物を加えた全動物種をこれら4群に分類した。これに対して,ジョフロア・サン=ティレールは,すべての動物に共通な型が存在するとの見解を示して,両者間で論争が展開された (30) 。実証を重んじる彼の学風は当時のフランス知識社会に歓迎され,科学アカデミー書記官となり (03) ,学界で権勢をふるい,J.ラマルクの進化思想にも反論した。彼の行なった諸発見は,後年の C.ダーウィンの進化論形成の際に重要な資料となった。また彼はナポレオン1世に重用されて,教育行政にもたずさわった。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

キュビエ(Georges Léopold Cuvier)
[1769~1832]フランスの動物学者。化石動物を研究して、比較解剖学を打ち立てるとともに古生物学の基礎を確立。進化論に反対し、天変地異説を提唱した。

出典:小学館
監修:松村明
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世界大百科事典 第2版

キュビエ【François Cuvilliés】
1695‐1768
ドイツの建築家。ベルギーで生まれ,バイエルン選帝侯マクシミリアン・エマヌエルに登用されてミュンヘンで活躍。軍事建築家として出発したが,パリのJ.F.ブロンデルの下でフランス宮廷建築を習得後,1725年以降バイエルン宮廷建築家としてより装飾性の強いロココ建築を発展させた。ミュンヘン王宮内のライヘ・ツィンマー(1734),王宮劇場(1755),ミュンヘン近郊ニュンフェンブルク宮殿庭園内のアマーリエンブルク(1739)などに優美な内部空間を創造した。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

キュビエ【Georges Léopold Chrétien Frédéric Dagobert Cuvier】
1769‐1832
フランスの比較解剖学・古生物学者。ジョフロア・サン・ティレールに認められて,ジャルダン・デ・プラントの比較解剖学の教授となる。その後ナポレオン時代パリ大学の副総長となり教育行政にまで腕を振るい,王政復古後にも権勢を維持しつづけた。動物に四つの型(脊椎動物,軟体類,関節類,放射類)をみとめ,各器官,各部分は特定の機能に媒介されて調和的に統一されている(相関の説)ことを主張した。これによって種に固有な不変領域が明示されることになった。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

キュビエ
きゅびえ
Baron Georges Léopold Chrétien Frédéric Dagobert Cuvier
(1769―1832)

フランスの古生物学者。フランス南東のモンベリアルに生まれる。シュトゥットガルトで教育を受け、比較解剖学に興味を抱き、伯爵家の家庭教師をしながら海産動物を研究した。自然史博物館の解剖学教授(1795)、コレージュ・ド・フランスの自然史教授(1800)、パリ植物園の解剖学教授(1802)を歴任した。ブロンニャールとの共著で、パリ盆地周辺の化石層序を初めて明らかにした(1811)。また、世界各地の化石脊椎(せきつい)動物を現生動物と比較して記載分類し、比較解剖学を通して古生物学の基礎を確立した(1812)。たとえば断片的な遺骸(いがい)から化石動物を復元したり、化石動物の筋肉の復元にあたっては骨の上の筋肉の痕(あと)を利用することをした最初の一人である。急激な天変地異がおこってそのたびに古い生物が絶滅し新しい生物が出現すると考える激変説(天変地異説)を提唱したが、ライエルやラマルク、ジョフロア・サンチレールなどに反対された。フランス学士院会員、パリ大学総長を務めたほか、ナポレオンに重用され、視学官として教育行政に貢献し、国会議員(1814)、男爵(1831)、内務大臣(1832)などに列せられ、数々の栄誉に輝いた。事実を吸収し分析する才能をもつ、実証主義的傾向を代表する学者で、当時の生物学界の権威と仰がれたが、優れた独創的理論家ではなかった。

[小畠郁生]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

キュビエ
(Georges Cuvier ジョルジュ━) フランスの動物学者。動物界を四部門一五群に分ける分類表を作成。また、比較解剖学的研究によって化石を調べ、古生物学を創始。ラマルクの進化論を否定して、天変地異説をたて、種の不変を主張した。(一七六九‐一八三二

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