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ギリシア独立戦争【ギリシアどくりつせんそう】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ギリシア独立戦争
ギリシアどくりつせんそう
War of Greek Independence
オスマン帝国の支配からの解放を求めてギリシア人が行なった戦争 (1821~29) 。オデッサの秘密結社フィリキ・エテリア」の首領 A.イプシランディスによるバルカン諸民族の一斉蜂起の呼びかけをもって開始された (21) 。蜂起は,期待されたロシア援助や,他のバルカン諸民族による組織軍が到来せず,ともに蜂起したルーマニア人との間に軋轢が生じて失敗し,ギリシア人住民の虐殺というオスマン帝国の報復を招いた。 1822年国民会議が開かれ,独立を宣言したが,各地の指導者の割拠主義的傾向のため内乱が起り,25年にはイブラーヒーム・パシャに率いられたエジプト海軍がオスマン帝国に加勢してメソロンギオン,アテネなどを陥落させた。しかしこの間にイギリスフランス,ロシア列強が介入し,27年 10月ナバリノの戦いでオスマン帝国=エジプト連合艦隊を撃破するに及び,事態は一転し,ギリシア人の運動が強化された。オスマン帝国の立場は露土戦争 (28~29) によってさらに弱まり,29年9月アドリアノープル和約によってギリシアの自治を認めた。ギリシアはさらにロンドン会議 (30) の決定に基づき列強の保護下に王国として独立することになり,オスマン帝国もイスタンブール条約 (32) でこれを正式に承認した。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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世界大百科事典 第2版

ぎりしあどくりつせんそう【ギリシア独立戦争】

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日本大百科全書(ニッポニカ)

ギリシア独立戦争
ぎりしあどくりつせんそう
Elliniki Epanastasis ギリシア語

オスマン・トルコ帝国支配下のギリシアを独立させた戦争(1821~29)。民族主義的なギリシアの独立運動は、18世紀のヨーロッパに散住したコライスAdamantios Korais(1748―1833)やリガスKonstantinos Rigas(1757―98)などのギリシア知識人により、フランス革命の強い影響の下に準備されたが、武装蜂起(ほうき)を目的とする秘密結社「フィリキ・エテリア(友愛会)」が1814年にオデッサで結成された。同結社の総裁アレクサンドロス・イプシランディスは21年2月22日(旧暦)モルダビア、ワラキア方面で決起したが、ギリシア本土では同年3月23日(旧暦)「スパルタ・メッセニア軍団」がカラマタを占領して、反乱の火の手はペロポネソス半島から中部ギリシアへしだいに拡大した。トルコ軍が謀反者アリ・パシャ追討に忙殺されている間は、反乱軍に戦況が有利であったが、友愛会総裁の弟ディミトリオスは、ペロポネソス長老会の抵抗にあって統帥権を貫けず、また同年12月招集の第1回国民会議は、暫定憲法を制定したものの地方割拠主義を克服することができず、24年には内戦にまで発展した。25年からはイブラヒム・パシャの率いるエジプト軍が本格的なギリシア再征服に乗り出した。この軍事的危機のなかで、27年に開催されたトロイゼン国民会議は、列強の積極的干渉を求め、外交手腕に勝る国際人のカポディストリアスを大統領に選出した。ロンドン議定書によって共同干渉の体制を固めたイギリス、ロシア、フランスは、ギリシア支援の船隊を送って、同年10月ナバリノの海戦でトルコ・エジプト連合船隊を撃滅した。これによって、ギリシアはトルコ支配から事実上解放され、29年3月のロンドン議定書によって、その独立が国際的に承認された。

[馬場恵二]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

ギリシア‐どくりつせんそう ‥ドクリツセンサウ【ギリシア独立戦争】
オスマントルコ帝国の支配下にあったギリシアの独立戦争。一八二一年挙兵し、ロシア、イギリス、フランスなどの援助を得て、ナバリノの海戦でトルコ、エジプトの海軍を破り独立を達成。三〇年、ロンドン会議で独立を承認された。

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社世界史事典 三訂版

ギリシア独立戦争
ギリシアどくりつせんそう
15世紀以降,オスマン帝国の支配下にあったギリシアが,1821年に起こした独立戦争
1814年ごろからヘタイリア−フィリケと呼ばれる秘密結社が結成され,アルバニア反乱契機に21年に独立戦争が始まり,翌年独立宣言が発せられた。これに対し,オスマン帝国はエジプトの協力も得て,この鎮圧に臨んだ。当初,ウィーン体制下に各国ともギリシア独立に否定的な態度をとったが,ロシアにニコライ1世が即位し,南下政策上ギリシアへの援助に傾くと,これを恐れたイギリスがインド確保のため,フランスとともにこれに干渉。英・仏・露の3国は,1827年トルコ・エジプトの連合艦隊をナヴァリノの戦いで破った。1829年アドリアノープル条約でオスマン帝国はギリシアの独立を認め,翌年ロンドン会議で列国が独立を承認,ウィーン体制の一角がくずれた。この戦争にはイギリスの詩人バイロンが参加,病死しており,ドラクロワは「シオの虐殺」を描いて,オスマン帝国軍の蛮行を訴えた。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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