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クリント・イーストウッド【くりんと・いーすとうっど】

知恵蔵mini

クリント・イーストウッド
米国の俳優・映画監督。プロデューサー業や作曲も手掛け、1986年から2年間カリフォルニア州カーメル市長も務めた。30年5月31日生まれ、サンフランシスコ出身。本名はクリント・イーストウッド・ジュニア。
20代だった1950年代の頃はB級映画の端役ばかりを演じていたが、60年代にテレビの西部劇「ローハイド」の準主役に抜擢(ばってき)され、知名度を得た。その後イタリアに渡り、64年制作の「荒野の用心棒」、65年制作の「夕陽のガンマン」と、マカロニ・ウエスタンの主役を務めて大ブレイクを果たした。欧州での人気を逆輸入する形で凱旋(がいせん)帰国し、68年に映画制作会社「マルパソ」を設立、71年には「恐怖のメロディー」で初メガホンをとった。同年、俳優として主演した「ダーティハリー」の大ヒットによりスーパースターの座を確立した。
自ら制作・監督・出演するスタイルで監督・俳優を両立しながら小規模な作品を発表し続けている。92年には監督兼主演で西部劇「許されざる者」を制作し、アカデミー賞の監督賞・作品賞を受賞した。95年に監督兼主演で制作した「マディソン郡の橋」は大人の恋愛を描いて話題を呼び、2004年公開の「ミスティック・リバー」はショーン・ペンがアカデミー賞主演男優賞を、ティム・ロビンスが同助演男優賞をそれぞれ獲得するなど、監督としての評価を高めていった。
03年の「ミリオンダラー・ベイビー」では再びアカデミー賞の監督賞・作品賞と、主演女優賞・助演男優賞を受賞。74歳での受賞は最高齢記録となった。06年には太平洋戦争を日米双方の視点から描いた「父親たちの星条旗」、「硫黄島からの手紙」の2部作を発表、その後も国内外や時代を超えて題材を求めた人間ドラマを意欲的に制作している。
近作は日本で14年9月27日に公開した「ジャージー・ボーイズ」で、1960年代に活躍したロックグループのフォー・シーズンズが名声を得て解散に至るまでを描いたトニー賞受賞ミュージカルを映画化した。15年2月には米軍史上最強と謳われた伝説の狙撃手クリス・カイルの真実のドラマを描いた「アメリカン・スナイパー」が日本で公開予定。
映画人としての功績は世界各地で称賛され、2007年にフランスのレジオンドヌール勲章、09年に日本の旭日中綬章が授与されている。
(若林朋子 ライター/2014)

出典:朝日新聞出版
(C)Asahi Shimbun Publications Inc
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