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グリフィス

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

グリフィス
Griffis, William Elliot
[生]1843.9.17. フィラデルフィア
[没]1928.2.5.
アメリカの日本研究家。ラトガース大学を卒業後,明治3 (1870) 年,福井藩から招聘されて来日,同藩でアメリカ流の教育に従事。次いで大学南校おかかえ教師となり,理化学や論理の教科を担当した。 1874年,開成学校教師を辞任して帰国後牧師となったが,日本研究の著書を相次いで出版し著名となった。代表的著作は"The Mikado's Empire" (77) である。

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グリフィス
Griffith, Arthur
[生]1872.3.31. ダブリン
[没]1922.8.12. ダブリン
アイルランド独立運動の指導者。 1899年から"The United Irishmen"紙を発行。シン・フェーン運動に活躍し,1910年シン・フェーン党党首。アルスターの動きに対抗するアイルランド義勇軍運動に参加。 16年復活祭蜂起ののち,シン・フェーン党への国民の支持が著しく増大した。 19~20年非合法のアイルランド共和国副首相となり,21年 12月イギリス=アイルランド条約を締結。翌年1月条約は議会で承認され,その結果成立したアイルランド自由国の初代大統領となった。総選挙で多数の支持を得たが,条約をめぐって世論が2分し,内戦勃発後まもなく急死。

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グリフィス
Griffith, David Wark
[生]1875.1.22. ケンタッキー,クレストウッド
[没]1948.7.23. ハリウッド
アメリカの映画監督。映画草創期の一大開拓者。 1908年に処女作『ドリーの冒険』 The Adventures of Dollieで好評を得,同年の『幾歳の後に』 After Many Yearsではヒロインの顔をクロース・アップで示し,『さびしい別荘』 The Lonely Villa (1909) では「最後の瞬間の救助」をカットバックで示した。こうした手法は劇的効果のための最初の使用とみなされている。また,大作『イントレランス』 Intolerance (16) は世界の映画芸術へ大きな影響を与えた。さまざまな撮影技術を考案し,多くの人材 (M.ピックフォード,L.ギッシュ,M.セネットら) を養成した功績は大きい。主作品『国民の創生』 The Birth of a Nation (15) ,『散り行く花』 Broken Blossoms (19) 。

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グリフィス
Griffith, Fred
[生]1877
[没]1941
イギリスの細菌学者。1928年,肺炎ワクチン(→ワクチン)を開発中に,形質転換の現象を発見した。肺炎双球菌(→レンサ球菌)の病原性をもつ菌株の死菌でつくったワクチン,または病原性のない菌株の生菌よりなるワクチンを,それぞれ単独でネズミに接種しても発病しないが,両者を同時に接種すると発病することを見つけ,発病したネズミの体内に病原性をもつ生菌が発見された。これは病原性のない生菌が病原性をもつ死菌の影響を受けて病原性を帯びるようになったと考えられ,形質転換と呼ばれて注目を集めた。その機構は 1944年にオズワルド・エイブリーの手で解明された。

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グリフィス
Griffith
オーストラリア,ニューサウスウェールズ州南部,シドニーの西約 600kmにある都市。リベリナ地方,マランビジー灌漑地区の中心都市。キャンベラと同じく W. B.グリフィンの設計 (1914) により建設された。灌漑研究所,食品工業などがある。人口1万 3630 (1986) 。

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デジタル大辞泉

グリフィス(David Wark Griffith)
[1875~1948]米国の映画監督。多様な表現技法を開拓、映画芸術の父とよばれる。作「国民の創生」「イントレランス」。

出典:小学館
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グリフィス(William Elliot Griffis)
[1843~1928]米国の教育者宗教家。1870年、来日。福井藩の理科教師となり、のち、大学南校で教える。帰米後、講演著述で日本を紹介。著「ミカドの国」など。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

グリフィス Griffith, Harry John
?-1945 イギリスの日本研究家。
大正9年ごろ来日し,神戸商事会社勤務。日本建国の日とされる紀元節は歴史的にうたがわしいと著作でのべ,裁判有罪となった。第二次世界大戦中に敵性外国人として収容所にいれられ,昭和20年死去。

出典:講談社
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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

グリフィス Griffis, William Elliot
1843-1928 アメリカの教育者。
1843年9月17日生まれ。明治3年(1870)越前(えちぜん)福井藩のまねきで来日し,藩校明新館で化学,物理学などをおしえる。5年から南校(現東大)の教授。7年帰国して牧師となり,在日中の見聞をもとに日本を紹介した。1928年2月5日死去。84歳。フィラデルフィア出身。ラトガーズ大卒。著作に「The Mikado's Empire」など。

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ピティナ・ピアノ曲事典(作曲者)

グリフィス
アメリカの作曲家。ピアニストを目指し、1903年ベルリンのシュテルン音楽院に留学。ピアノ、作曲、対位法のレッスンを受ける。07年にアメリカに帰国。ニューヨーク州タリータウンでハックリー・スクールの音楽 ...続き

出典:(社)全日本ピアノ指導者協会

デジタル大辞泉プラス

グリフィス
イギリスのTVRが1992年から2001年まで製造、販売していた乗用車。2ドアのオープンカー。2人乗り。1963年から1965年まで初代モデルである2ドアクーペが製造された。

出典:小学館
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世界大百科事典 第2版

グリフィス【David Wark Griffith】
1875‐1948
〈アメリカ映画の父〉,あるいは〈映画芸術の父〉と呼ばれるアメリカの映画監督。1970年代に出たスティーブン・スピルバーグ,マーティン・スコセッシ,ブライアン・デ・パルマらの若手映画監督を《エスクアイヤ》誌が〈ハリウッド第9世代〉と呼んだが,その際の〈第1世代〉がグリフィスである。ケンタッキー州の貧しい旧家に生まれ,どさ回りの劇団の俳優を経て,1907年に映画界に入り,俳優と脚本家を兼ねたのち《ドリーの冒険》(1908)で監督となる。

出典:株式会社平凡社
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グリフィス【William Elliot Griffis】
1843‐1928
アメリカの日本学者。ラトガーズ大学在学中,アメリカ人宣教師G.H.F.フルベッキの助言で留学中の横井小楠の甥2人と知り合った。1870年そのフルベッキの仲介によって来日,越前福井藩の藩校で理学などを教え,廃藩置県の大変動を見,72年,東京大学の前身である南校の教師となり,74年帰国した。そして牧師をするかたわら,《皇国》(1876)や《ミカド》(1915)のほか,ペリー,ハリス,ブラウン,ヘボン,フルベッキなどに関する本を続々出版,日本学の先駆者となった。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

グリフィス【William Elliot Griffis】
1843~1928) アメリカの科学者・教育者。1870年(明治3)来日、福井の藩校で理化学・冶金などを教授。のち大学南校に移る。帰国後、著「ミカドの帝国」などで日本を海外に紹介。

出典:三省堂
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グリフィス【David Wark Griffith】
1875~1948) アメリカの映画監督。叙事的超大作「国民の創生」「イントレランス」で映像表現の開拓とともに、思想的・社会的な映画文化の一頁をひらく。ほかに「散り行く花」「東への道」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

グリフィス
ぐりふぃす
David Wark Griffith
(1875―1948)
アメリカの映画監督。1月23日ケンタッキー州クレストウッドに生まれる。青年期にさまざまな職業を遍歴、俳優として舞台に立ちながら未来のシェークスピアを夢みたが、1908年映画界へ入る。俳優、脚本家から監督へと転じ、短編『ドリーの冒険』(1908)を発表、以後矢つぎばやに作品を発表して、質・量ともにアメリカ映画を代表する大監督となった。「映画芸術の父」とたたえられるグリフィスの功績は、多様な映画技法を開拓することによって劇映画の物語構成を発展させたこと、またスターや監督らハリウッドを背負ってたつ多くの人材を育てたことにある。なかでも『イントレランス』(1916)は世界中の映画人、観客に大きな影響を与えた。作品傾向は、1908~1914年の短編・中編時代および1915年から晩年までの長編時代に大別できる。二つ以上のアクションを並行して描くクロス・カッティングまたはパラレル・モンタージュの手法は、グリフィス得意の「最後の瞬間の救助(ラスト・ミニッツ・レスキュー)」として観客に親しまれたが、晩年はビクトリア朝メロドラマの感傷癖があだとなり、トーキー作品を3本発表したものの、映画界から脱落した。1948年7月23日ハリウッドに没。その他のおもな作品に『淋(さび)しい別荘』『小麦の買占め』(ともに1909)、『イノック・アーデン』(1911)、『ピッグ横丁の銃士達(たち)』(1912)、『エルダーブッシュ峡谷の戦い』(1913)、『アッシリアの遠征』(1914)、『国民の創生』(1915)、『世界の心』(1918)、『散り行く花』(1919)、『東への道』(1920)、『嵐(あらし)の孤児』(1921)など。[岩本憲児]

資料 監督作品一覧

淋しい別荘 The Lonely Villa(1909)
小麦の買占め A Corner in Wheat(1909)
イノック・アーデン Enoch Arden(1911)
女の叫び The Lonedale Operator(1911)
ピッグ横丁の銃士達 The Musketeers of Pig Alley(1912)
エルダーブッシュ峡谷の戦い The Battle at Elderbush Gulch(1913)
アッシリアの遠征(ベッスリアの女王) Judith of Bethulia(1914)
ホーム・スイート・ホーム Home, Sweet Home(1914)
恐ろしき一夜 The Avenging Conscience : or 'Thou Shalt Not Kill'(1914)
国民の創生 The Birth of a Nation(1915)
イントレランス Intolerance(1916)
偉大なる愛 The Great Love(1918)
人類の春 The Greatest Thing in Life(1918)
世界の心 Hearts of the World(1918)
スージーの真心 True Heart Susie(1919)
悪魔絶滅の日 Scarlet Days(1919)
幸福の谷 A Romance of Happy Valley(1919)
散り行く花 Broken Blossoms(1919)
大疑問 The Great Question(1919)
勇士の血 The Girl Who Stayed at Home(1919)
愛の花 The Love Flower(1920)
渇仰の舞姫 The Idol Dancer(1920)
東への道 Way Down East(1920)
夢の街 Dream Street(1921)
嵐の孤児 Orphans of the Storm(1921)
恐怖の一夜 One Exciting Night(1922)
ホワイトローズ The White Rose(1923)
アメリカ America(1924)
素晴しい哉人生 Isn't Life Wonderful(1924)
曲馬団のサリー Sally of the Sawdust(1925)
竜巻 That Royle Girl(1925)
サタンの嘆き The Sorrows of Satan(1926)
愛の太鼓 Drums of Love(1928)
男女の戦 The Battle of the Sexes(1928)
心の歌 Lady of the Pavements(1929)
世界の英雄 Abraham Lincoln(1930)
『リリアン・ギッシュ著、鈴木圭介訳『リリアン・ギッシュ自伝――映画とグリフィスと私』(1990・筑摩書房) ▽向後友恵著『グリフィス――ハリウッドに巨大な城塞を築いた映像魔術師』(1992・メディアファクトリー)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

グリフィス
[一] (William Elliot Griffis ウィリアム=エリオット━) アメリカの教育者、著述家。明治三年(一八七〇)宣教師として来日。福井藩明新館、大学南校で理化学・冶金学などを教える。著書「ミカドの帝国」「日本の諸宗教」など。(一八四三‐一九二八
[二] (David Wark Griffith デービッド=ワーク━) アメリカの映画監督。無声映画時代の代表的監督で、カットバック、クローズアップ、移動撮影などの技法を完成し、「アメリカ映画の父」「映画芸術の父」と呼ばれる。作品「国民の創生」「イントレランス」など。(一八七五‐一九四八

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