@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

グリューネワルト

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

グリューネワルト
Grünewald, Matthias
[生]1480頃.ウュルツブルク
[没]1528.8. ハレ
ドイツの画家。本名 Mathis Gothardt。『イーゼンハイムの祭壇画』 (1515,コルマール,ウンターリンデン美術館) の制作者として著名。青年時代は不明だが 1485~90年にはアシャフェンブルクで活躍していたと推定されている。 1509年マインツ選帝侯の宮廷画家,1511年頃アシャフェンブルク城再建の建築監督,1522年頃ハレの宮廷画家を歴任した。『はずかしめを受けるキリスト』 (1503頃,ミュンヘン,アルテ・ピナコテーク) から『聖エラスムスと聖マウリチウスの出会い』 (1524/5,ミュンヘン,アルテ・ピナコテーク) にいたる作品が現存。ドイツ農民戦争際し,革命的市民に加担して戦ったため,1526年に宮廷画家の職を追われ,フランクフルトに亡命した。人間精神のドラマに肉薄した赤裸々な描写と強烈な色彩により,北方特有の幻想的画面を創造。ドイツルネサンスにおいてアルブレヒト・デューラーと並び称される巨匠

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉

グリューネワルト(Matthias Grünewald)
[1470ころ~1528]ドイツの画家ゴシックの伝統とルネサンスの新要素とが拮抗(きっこう)する、表現主義的な画風で知られる。作「イーゼンハイム祭壇画」など。グリューネバルト。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

グリューネワルト【Matthias Grünewald】
1472‐1528
デューラー,クラーナハとともにドイツ・ルネサンスを代表する画家。〈グリューネワルト〉という名は17世紀の画家兼伝記作者のザンドラルトが与えたもので,本名はマティス(マティアス)・ゴタールト・ニタールトMathis(Matthias) Gothart Nithart。生年は1450‐80年ころにかけて諸説あり,没年は一般にはデューラーと同じ1528年と考えられるが,それより数年後とする説もある。生地もアシャッフェンブルク説,ビュルツブルク説などがあり,生涯については不明の点が多い。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

ぐりゅーねわると【グリューネワルト】

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

大辞林 第三版

グリューネワルト【Matthias Grünewald】
1470頃~1528 ドイツルネサンスの代表的画家。画風はゴシックの伝統とルネサンスの要素をあわせもつ。代表作「イーゼンハイム祭壇画」

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)

グリューネワルト
ぐりゅーねわると
Grnewald
(1475ころ―1528)
ドイツの画家。伝記的事実については不明な点が多く、グリューネワルトという名も、画家で美術史家のザントラルトJoachim von Sandrart(1606―88)によって誤伝されたもので、今日ではこれが通称となっている。本名はマティス(マティアス)・ゴタート・ナイタート(ニタート)Matthis (Mathias) Gotthard (Gothart) Neithard (Nithart)とされている。推定によれば、1501~26年アシャッフェンブルク近郊ゼーリゲンシュタットに工房をもち、08年以来マインツ大僧正アルブレヒト・フォン・ブランデンブルクの宮廷画家として働いた。後年、農民戦争で農民側に加担して敗れ、27年フランクフルト、28年ハレに移り、同地で噴水技師として生涯を終えた。現存する作品は少ないが、その表現には、一方では宗教的な情熱と神秘的な象徴主義といったゴシックの伝統、他方では光の充満した空間と個性的な人間像にみるルネサンスの新要素が併存して認められ、これら両要素の対立、矛盾、激突が、彼の表現にまれにみる緊張と感情表出の激しさを生み出している。この特色がとくに著しいのが代表作『イーゼンハイム祭壇画』で、これは単にドイツ美術の至宝であるばかりでなく、この一作によって彼の名を美術史上不朽にしている傑作でもある。
 ほかに『キリスト嘲弄(ちょうろう)』(1503。ミュンヘン、アルテ・ピナコテーク蔵)、『磔刑(たっけい)』(1505。バーゼル美術館)、『マドンナ』(1517~19。シュトゥパハ教区教会)、『聖エラスムスと聖マウリティウス』(1526ころ。ミュンヘン、アルテ・ピナコテーク蔵)などの作品がある。また若干のデッサンが残っているが、版画の作品はない。[野村太郎]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

精選版 日本国語大辞典

グリューネワルト
(Mathias Grünewald マチアス━) ドイツ‐ルネサンスの代表的画家。本名マチアス(またはマチス)=ゴタート=ニタート(またはナイタート)。作風は豊かな幻想性と宗教的情熱にあふれている。代表作は「イーゼンハイム祭壇画」。(一四七〇頃‐一五二八頃

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

グリューネワルト」の用語解説はコトバンクが提供しています。

グリューネワルトの関連情報

関連キーワード

ボッティチェッリコロンブフープマイヤームーランの画家ムーランの画家大村氏オルフェオ物語タラントムーランの画家梅襲

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation