@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

ゲシュタルト心理学【ゲシュタルトしんりがく】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ゲシュタルト心理学
ゲシュタルトしんりがく
Gestalt psychology
形態心理学ともいう。現代の知覚研究の基礎となった 20世紀の心理学の一派。過去の理論の原子論的アプローチに対する反発として公式化されたもので,全体は部分より大きいことを強調し,いかなるものであれ,全体の属性は部分の個別的な分析から導き出すことはできないとする。ゲシュタルトという言葉は,物事がどのように「形づくられた」か,あるいは「配置された」かを意味するドイツ語で,正確に対応する訳語はない。通常「形」「姿」と訳され,心理学では「パターン」「形態」という語をあてることが多い。ゲシュタルト理論は,連合心理学と,経験をばらばらの要素に分解する構成心理学の断片的な分析手法に対する反発として,19世紀末にオーストリアと南ドイツで創始された。ゲシュタルト研究は代りに現象学的な手法を用いた。この手法は直接的な心理経験をありのままに描写するというもので,その歴史はゲーテまでさかのぼるといわれる。どのような描写が認められるかという制約はない。ゲシュタルト心理学は,一つには精神生活の科学的研究に対する味気ないアプローチと考えられたものに,人間主義的な側面を加えようとした。また,一般の心理学者が無視するか科学の範囲外とみなした,形と意味と価値の質を包含しようとしたものでもある。
M.ウェルトハイマーは,1912年にゲシュタルト学派を確立したとされる論文を発表した。これは W.ケーラー,K.コフカとともにフランクフルトで行なった実験的研究に関する報告で,この3人がその後数十年間にわたってゲシュタルト学派の中核となった。初期のゲシュタルト研究は,知覚の分野,特に錯視の現象によって明らかになった視覚の体制化に関心をもっていた。ゲシュタルトの法則の強力な基盤である知覚の錯覚がファイ現象で,12年にウェルトハイマーによって命名された仮現運動の錯覚である。ファイ現象とは錯視のことで,複数の静止対象がすばやく引続いて示されると,ばらばらなものと感じることのできる識閾をこえるので動いているように見える (この現象は映画を見ている際に体験される) 。知覚的経験の感覚が物理的刺激と1対1の関係をもつとする古くからの仮説では,ファイ現象の効果は明らかに説明できない。知覚された運動は独立した刺激のなかに存在するのではなく,それらの刺激の関係的特徴に依存して現れる経験である。観察者の神経系の働きと知覚的経験は,物理的インプットを受動的にばらばらに記録するわけではなく,むしろ,分化した部分を伴う一つの全体的な場としての体制化された全体となる。この原理はのちの論文でプレグナンツの法則として述べられた。加えられた刺激の神経的,知覚的体制化によって,一般の条件が許すかぎり,よいゲシュタルトが形成されるというものである。
新しい公式化に関する主要な労作は,その後の数十年間に生れた。ウェルトハイマー,ケーラー,コフカおよび彼らの弟子たちは,ゲシュタルトのアプローチを知覚の他の分野,課題解決,学習,思考などの問題に拡大した。その後ゲシュタルトの諸法則は,特に K.レビンによって動機づけや社会心理学,またパーソナリティに適用され,さらには美学や経済行動にも導入された。ウェルトハイマーは,ゲシュタルトの概念が倫理学,政治行動,真理の本質に関する諸問題の解明に適用できることを指摘した。ゲシュタルト心理学の伝統は,R.アルンハイムらによってアメリカで行われている知覚の研究に受継がれている。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉

ゲシュタルト‐しんりがく【ゲシュタルト心理学】
精神活動を心的要素の結合として説明する立場に対し、全体としての特徴、つまりゲシュタルトを直接的に認識するという事実を強調する心理学。ウェルトハイマーケーラー・コフカ・レビンらを主唱者として、ドイツに起こった。形態心理学

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

ゲシュタルトしんりがく【ゲシュタルト心理学 gestalt psychology】
心理現象の本質はその力動的全体性にあり,原子論的な分析では究明しえないとする心理学説。19世紀後半,科学として産声をあげた心理学は,当時の自然科学規範とした要素還元主義であり,構成主義であった。しかし,1890年エーレンフェルスChristian von Ehrenfelsはこのような機械論的構成主義のもつ欠点を明らかにする論文を発表した。たとえばメロディを1オクターブ上げても同じ感じを抱くように,〈要素の単なる結合ではなく,それとはある程度独立した新しいもの〉,すなわち〈形態質Gestaltqualität〉の存在を指摘した。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

大辞林 第三版

ゲシュタルトしんりがく【ゲシュタルト心理学】
ウェルトハイマー・ケーラー・コフカ・レビンらベルリン学派の提唱した心理学。精神現象を個々の感覚の要素的集まりとする要素心理学に反対し、精神や意識を単なる要素の総和に解消されない形態(ゲシュタルト)としてみる立場。形態心理学。

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)

ゲシュタルト心理学
げしゅたるとしんりがく
Gestalt psychology
ドイツの心理学者であるウェルトハイマーやケーラー、コフカ、レビンらのベルリン学派が提唱した心理学。ゲシュタルト(形、形態)という語はもとはドイツ語であるが、英語に適訳がないのでそのまま使われている。形態心理学ともいう。
 ウェルトハイマーがフランクフルトでケーラー、コフカらを被験者にして行った『運動視の実験的研究』(1912)が出発点になった。この研究は、静止した二つの刺激を異なる場所に継時的に提示したときに現れる運動の印象(映画はその例。実際には存在しない運動が見えるので仮現運動ともいう)を研究したもので、従来ブントらの主張していた残像説や眼球運動説などの心的要素の結合による説明を退けて、ありのままの運動とそれに対応する生理的過程をそれぞれまとまりのある現象、すなわちゲシュタルトとしてとらえる考え方を提唱した。[宇津木保]

時代精神

19世紀末から20世紀初めのころのドイツの心理学界は、イギリスの連合心理学につながるブントの要素的な構成心理学が主流を占めていたが、それに対して全体性を重視する反主流派が台頭してきた時代でもある。たとえば、ディルタイの精神科学的な記述心理学、クリューガーの全体心理学、シュテルンの人格心理学、そしてゲシュタルト心理学などである。またエーレンフェルスChristian von Ehrenfels(1859―1932)のゲシュタルト質、ルビンの「図と地」、カッツの色の現れ方の研究なども同じ線に沿ったものであり、ゲシュタルト心理学から高く評価された。[宇津木保]

研究領域

ゲシュタルト心理学は知覚の領域でもっとも華々しい成果を収めたが、そのほかにもケーラーの『類人猿の知恵試験』(1917)、『物理的ゲシュタルト』(1920)および記憶に関する研究、コフカの『発達心理学』(1921)、レビンの情緒や動機に関する初期の研究および渡米後の社会心理学、グループ・ダイナミックス、感受性訓練の研究、ウェルトハイマーの『生産的思考』(1945)の研究、心理物理的同型説の線に沿ったケーラーの図形残効の研究、レビンのトポロジー心理学の主張など、その領域は多方面にわたっている。機関紙『心理学研究』は1921年に始まり38年まで続いた。[宇津木保]

政治との関係

ゲシュタルト心理学の代表者としてあげた4人のうち、ケーラーを除く3人はみなユダヤ人だったので、ナチスの台頭と第二次世界大戦は彼らのうえに大きな影響を与えた。コフカは早く渡米していたが、ウェルトハイマーとレビンは1933年にナチスの迫害を避けて渡米し、あとに残ってナチスと戦ったケーラーも34年にはアメリカに渡って職を求めた。こうしてゲシュタルト心理学自体がドイツにおける根拠を失い、アメリカに移植されることになった。これは精神分析などの場合と同じく、20世紀での「民族大移動」の一環でもあった。[宇津木保]

ゲシュタルト心理学の影響

アメリカに対するゲシュタルト心理学の紹介は早くコフカによって行われ、ヘルソンHarry Helson(1898―1977)その他の信奉者を得たが、本格的な影響がみられたのはゲシュタルト派の心理学者が続々と渡米してきたあとのことである。ゲシュタルト運動はニューヨークにいたウェルトハイマーを中心に行われ、1956年にはケーラーがアメリカ心理学会から特別科学貢献賞を受け、59年には同会の会長に選ばれており、ゲシュタルト心理学がアメリカの風土に定着したことを示している。ことに社会心理学の領域ではレビンの「場の理論」およびその人柄の与えた影響が大きかった。レビンの周囲にはドイツ時代からゼイガルニークB. V. Zeigarnik(1900―88)のような若い研究者が集まっていたが、アメリカでも彼を中心に「アイオワ・トポロジー・グループ」が形成され、アッシュSolomon Eliot Asch(1907―96)、ハイダーFritz Heider(1896―1988)、フェスティンガー、リピットRonald Otis Lippitt(1914― )、カートライトDorwin Philip Cartwright(1915― )など多くの心理学者がレビンの影響を受けた。
 日本は早くからゲシュタルト心理学の強い影響を受け、昭和初期から第二次世界大戦中や戦後にかけての日本の心理学界はゲシュタルト心理学ブームの時代で、いまもその影響が残っている。[宇津木保]
『ケーラー著、佐久間鼎訳『ゲシュタルト心理学』(1938・内田老鶴圃)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

精選版 日本国語大辞典

ゲシュタルト‐しんりがく【ゲシュタルト心理学】
〘名〙 従来の心理学の要素主義的伝統を排斥し、全体観の立場に立って、精神は全体的、統一的構造をもつ形態(ゲシュタルト)であると主張する心理学。ウエルトハイマー、ケーラー、コフカ、レビンらのベルリン学派が提唱した。形態心理学。

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

最新 心理学事典

ゲシュタルトしんりがく
ゲシュタルト心理学
gestalt psychology(英),psychologie de la forme(仏),Gestaltpsychologie(独)
心理学の一学派であり,知覚perceptionや認知cognitionの形成に関し,対象の部分や構成要素ではなく,構造や全体性に重きをおく立場をとる。ウェルトハイマーWertheimer,M.を創始者として1910年代にドイツで生まれ,ブントWundt,W.に代表される「要素の総和から構成される心的現象」という「要素主義」の考え方を「モザイク仮説」「束仮説」と称して否定した。ウェルトハイマーがケーラーKöhler,W.とコフカKoffka,K.の協力を得て実験を行なった「仮現運動」に関する論文を発表した1912年が,ゲシュタルト心理学誕生の年とされる。成立の背景には,エーレンフェルスEhrenfels,C.vonによる「ゲシュタルト性質」の指摘や,カッツKatz,D.,ルビンRubin,E.J.に代表される「実験現象学」がある。「ゲシュタルト」とは,ドイツ語の形態や姿を意味することばであるが,ここでは,要素に還元できない,まとまりのある一つの全体がもつ構造特性を意味する。ウェルトハイマー(1925)は,「一つの全体においては,それに特有の相互関連(とその現われ)が存在し,それは個々の部分(要素)のふるまい方や,その集合から決定されるのではない。全体の中のある部分がどのように現われるかは,全体がもつ性質(内部構造法則)により決定される」という意味のことを述べている。

【ゲシュタルト性質Gestaltqualität】 形態質とも訳される。要素主義の限界が気づかれるようになった19世紀末,感覚をすべての科学の出発点とした物理学者マッハMach,E.は著書『感覚の分析への貢献Beiträge zur Analyse der Empfindungen』(1886)において,形やメロディという感覚は,それを構成する要素がたとえ変わっても,変わらないことを指摘した。エーレンフェルスは,このマッハの考えを発展させ,論文「ゲシュタルト性質についてÜber Gestaltqualitäten」(1890)を発表した。三角形はその色や大きさを変えても,3辺がある関係に保たれる限りは三角形に見えるし,あるメロディを移調しても,同じメロディに聞こえる。このような特性を「移調可能性」とよび,全体を構成する部分や要素が変わっても,一つの全体はあるまとまりとしての性質すなわちゲシュタルト性質をもつと主張した。あるメロディを記憶できても,その個々の音を記憶するのが難しいのも,この性質の現われであり,そこでは,メロディを個々の音の表象の総和とする説明は成り立たない。彼はマッハのように形やメロディを独立の感覚とはせず,個々の要素に対応する感覚があり,そうした要素的感覚の総和のうえに新たなゲシュタルト性質が生じるとしたため,そこにはなお要素観が残されているとの批判を,のちにゲシュタルト心理学から受けることとなった。

【実験現象学experimental phenomenology】 哲学者フッサールHusserl,E.がカントKant,I.とヘーゲルHegel,G.W.F.の影響を受けて直接経験の研究へ応用した現象学から,その方法を20世紀初頭に心理学へ導入したのはシュトゥンプStumpf,C.に負うところが大きいとされる。しかし視覚研究の歴史をたどると,ゲーテGoethe,J.W.vonの色に関する多くの観察,プルキンエPurkinje,J.E.の観察によるプルキンエ現象,へリングHering,E.の明るさや色に関する研究など,すでに19世紀に,ゲーテを除いては主に生理学者による現象学的研究がなされていた。実験現象学では,刺激条件の設定とその組織的変化に実験的方法を用い,特定の分析的態度を取ることなく,現象そのものをありのままに観察・記述する。20世紀初頭には,この立場から,末梢的な生理過程だけからは理解できない現象特性を追究する代表的研究がなされた。イエンシュJaensch,E.R.による視力や奥行き知覚の研究もその例である。カッツの論文「色の現われ方Die Erscheinungsweisen der Farben」(1911)では,色colorと空間とは互いに関連し合うこと,その主要な現われ方には,①表面色:色紙や物の表面の色として,距離の定位ができ,不透明感を与える,②面色(フィルムカラー):澄んだ青空のように,実体感がなく,そこに入り込んでいけそうな感じがする,③空間色:グラスの中の透明着色液体や色ガラスの塊のように,内部にも色の存在感がある,などを明らかにした。ルビンRubin,E,J.は図-地分化の現象を1912年ころから研究し,その著書『視覚的に知覚される図Visuell wahrgenommene Figuren』(1921)において,図と地の現象的特性を明らかにした。「ルビンの盃」として知られる図地反転図形はこの中に示されているが,同一の部分が図となるか地となるかにより,まったく異なる現われ方をする。これらの研究は,どちらかといえば特定のテーマの範囲内で実験現象学的研究を行なったものである。これに対し,より一般的に心理学における実験現象学的立場を明確に示したのがウェルトハイマーである。

【ウェルトハイマーによる仮現運動の実験】 ウェルトハイマーがゲシュタルトの考えを実証したのが,驚き盤の観察に始まる仮現運動Scheinbewegung,apparent movementの実験(1912),すなわち刺激要素と感覚要素との1対1対応の加算からは理解できない現象を明らかにした実験であり,その実験参加者として協力したのがケーラーとコフカであった。仮現運動とは,静止画像を短い時間間隔でコマ写しにすると像が動いて見えるというアニメーション映画に見る運動である。この現象自体は当時すでに知られており,研究もあったが,ウェルトハイマーは条件を組織的に整えて実験した。彼は単純な刺激,たとえば平行な2直線(a,b),あるいは角度を成す2直線(a,b)を短時間(たとえば20ミリ秒),ある時間間隔をおいて順次呈示した。その結果,時間間隔があまりに短いとき(30ミリ秒程度)は二つが同時に見え(同時時相),長いとき(200ミリ秒程度)はそれぞれの場所に次々に見えるが(継時時相),その間のある範囲内(60ミリ秒程度)ではいろいろな動きが現われ,一方から他方へのなめらかな動きの見られる条件がある(最適時相)ことがわかった。このような見えの動きを,ファイ現象φ phenomenonという。なめらかな動きの中には,1本の線が動いたという見え方ばかりではなく,線の印象を伴わずにaの場所からbの場所への「動き」そのものだけが感じられるという現象のあることに注目し,これを純粋ファイreine φとよんだ。実験は2刺激の時間間隔,空間感覚,提示時間,形,色,配置,実験参加者の注意や構えの状態などを組織的に変化させて行なわれ,仮現運動が,刺激が実際に移動する場合に生じる実際運動と見かけ上区別できないこと,同時に二つの異なる方向に起こるときにも観察されること,2刺激を別々の目に呈示しても起こることなどが見いだされた。彼はこれらの結果から,仮現運動は末梢的な機構からは説明できないとし,当時の生理学的知見に基づき,2刺激間の横の相互作用からもたらされる高次な中枢生理過程がファイ現象に対応すると仮定した。当時それを検証することは不可能であったが,そのような仮説は従来の心理学にはない意欲的な推論であった。この仮現運動の実験的観察の意義は,それまでの要素主義心理学では説明できない現象を示したところにある。2刺激a,bは物理的には静止したままであり,ファイ現象に対応する刺激要素は存在しない。すなわち個々の刺激要素によって起こる別々の過程からは説明できず,2刺激の時間空間的パターン全体によってもたらされた過程であると考えられる。心的現象は力動的な構造をもつ一つの全体であり,あるゲシュタルトを成している。部分は全体の中でどのように位置づけられ,どのような役割をもつ部分となるかによりその性質は変わりうる。このような考えに立ち,要素主義の主張である,一定刺激と一定感覚が1対1の恒常的な関係をもつという恒常仮定Konstanzannahmeを否定した。知覚における恒常現象や対比現象も,この恒常仮定では説明できないことは明らかである。ゲシュタルト心理学の成立は,その後の研究も含めて,ウェルトハイマー,仮現運動の実験に協力したケーラーとコフカの3人によるものである。彼らはいずれも,ナチスの台頭により1930年前後にドイツからアメリカへ移住した。

【ケーラーの研究】 ⑴動物における洞察と移調 ケーラーは,仮現運動の実験が行なわれたフランクフルト大学でのウェルトハイマーとの出会いののち,1913年から1920年までアフリカのカナリア諸島にある類人猿研究所の所長を務め,その間チンパンジーの課題解決行動を子細に観察した。その成果が『類人猿の知恵試験Intelligenzprüfungen an Menschenaffen』(1917)である。チンパンジーが棒でバナナを引き寄せたり,2本の短い棒を継ぎ足して1本の長い棒にして使ったり,高い所に吊り下げられたバナナを取るのに離れた場所にある箱を運んできたり,高さが足りなければ箱を積み重ねたりなど,道具の使用や道具の製作というべき行動を記述した。彼は,このような課題解決行動は,過去の偶然の成功により試行錯誤的になされるのではなく,その場の手段-目標関係が洞察されたことを示しているとした。洞察Einsicht,insightとは,場面全体が再体制化され,対象と自己との間や,物と物との間に,適応に役立つ関係を認知することを意味する。また,ヒヨコやチンパンジーの明るさや大きさについての学習実験において,個々の刺激の絶対的な性質ではなく,二つのうちのより明るい方やより大きい方を選択することができるという,刺激間の関係認知を示唆する移調transpositionの現象を見いだした。これも,要素主義心理学における恒常仮定では理解できない現象である。

⑵心理物理同型説psychophysical isomorphism ウェルトハイマーがファイ現象に関してすでに示唆していたが,ケーラーが『静止および定常状態における物理的ゲシュタルトDie physischen Gestalten in Ruhe und im stationären Zustand』(1920)において提唱した仮説である。彼は物理学者マクスウェルMaxwell,J.C.,プランクPlanck,M.らの場理論で論じられた力動的に決定される構造をもつ物理過程に注目し,体制化された知覚事象とそれに対応する大脳皮質過程が共通した構造的特性をもつことを指摘した。すなわち,ゲシュタルト性質が心的現象ばかりでなく,物理的世界にも存在すること,したがってまた,広い意味での物理法則が支配する中枢神経過程と,現象世界の間に対応関係が成立するはずであると論じた。それゆえ,心的現象の研究により,それに対応する生理過程の推測も可能とした。この仮説は大脳神話との批判を受けたが,後年の著書『心理学における力学説Dynamics in Psychology』(1949)ではこの仮説を展開し,図形残効figural after-effectとよばれる視覚現象の発見を導いた。ゲシュタルト心理学を継承した一人であるイタリアのカニッツァKanizsa,G.(1979)は心理物理同型説について,科学的功績という観点でゲシュタルト心理学を評価する場合,同型説が仮説であることを忘れてはならないこと,ゲシュタルト理論の原理は現象的領域において見いだされ,精緻化されたものであって,その領域において検証され棄却されるべきであること,したがって,ケーラーの仮説が誤りで,それゆえ理論の原理が物理過程と生理過程とに直接適用できないことが示されたとしても,ゲシュタルト理論の原理は現象学的領域において,科学的な価値をもちつづけると述べている。

【コフカの研究】 コフカは,著書『心的発達の基礎:児童心理学序論Die Grundlagen der psychischen Entwicklung:Eine Einfühlung in die Kinderpsychologie』(1921)で,ゲシュタルト心理学の立場から教育と学習過程を論じた。最初の英語論文「知覚:ゲシュタルト心理学序論」(1922)はゲシュタルト理論の基礎を初めて英語圏に紹介したものである。理論の体系化をめざした大著『ゲシュタルト心理学の原理Principles of Gestalt Psychology』(1935)において,心理学を行動の科学とすること,心理物理同型説の立場を取るとはいえ,生理学的対応過程の追究よりも現象ないし行動の世界の分析を重視するとした。行動を刺激への反応の集合としてではなく,部分の変化がほかのすべての部分に影響を与えるような力学的系としての場に依存して生じると考える。そのような場とは,その人によって認知された世界,すなわち行動的環境である。知覚の発達については,生後1ヵ月の乳児でも,興味をもつのは単純な刺激ではなく,人の声や顔であり,その知覚は単純な感覚要素の集合ではなく,すでになんらかの構造化された全体として現われると論じた。この指摘は,その後の乳児精神物理学の成果と方向を同じくする。発達とは,多様な事態に適応すべくなされる事態の再構造化の過程であり,それは加算過程ではなく,分化の過程であり,それを支える基礎が成熟であるとした。

【レビンの研究】 ゲシュタルト心理学には多くの人びとが賛同することとなったが,レビンLewin,K.はその一人として,要求,意思動作,情緒過程,パーソナリティーなどの領域でゲシュタルト理論の幅広い有効性を立証したところに特色がある。前述の3人と同じくドイツからアメリカへ移住した。彼は小集団研究に場理論を応用し,部分としての個人の変化が全体としての集団に及ぶとともに,集団の変化が個人に及ぶという力動的過程を想定するグループ・ダイナミックスgroup dynamicsを提唱し,リーダーシップ,集団の目標,決定,雰囲気,凝集性などについて実験的操作と記述を行ない,社会心理学の発展に貢献した。

【ゲシュタルト心理学の継承】 ゲシュタルト心理学は視知覚を中心的領域として誕生したが,やがて記憶,思考,要求と行動,集団特性などの領域へも広がり,心的現象の基本的なとらえ方は現代心理学の源流の一つとみなされる。20世紀後半においては創成期と同じく知覚領域が中心であり,ベヌッシBenussi,V.,ムサッティMusatti,C.L.,メテリMetelli,F.,カニッツァに代表されるイタリアの視知覚研究はその例である。

1.メッツガーMetzger,W.の視覚研究と関係系理論 ウェルトハイマーとケーラーをベルリン大学での師とし,ゲシュタルト心理学の最盛期からの連続性を代表するのがドイツのメッツガーである。研究の中心は視知覚であるが,そのほか発達,生産的思考および創造的活動のための教育,心理療法,心理学的美学などの多領域にわたり方法論的・理論的考察を展開するとともに,実践的提言を行なった。1950年から1982年の30余年にわたる成果が大著『ゲシュタルト心理学Gestalt-psychologie』(1986)にまとめられている。

⑴視覚研究 ウェルトハイマーによるプレグナンツ傾向(「ゲシュタルト要因」の項を参照)を基盤とした多くの研究成果を豊富な図版を提示しつつ詳述したのが著書『視覚の法則Gesetze des Sehens』である。本書は,第1版(1936)に比べて第2版(1953),第3版(1975)は,頁数ではそれぞれ2.7倍と3.9倍に,図版数では2.9倍と3.6倍へと,大幅な増補がなされている。第2版の盛永四郎訳『視覚の法則』(1968)の38年後に,シュピルマンSpillmann,L.による第1版の英訳『Laws of Seeing』(2006)が刊行された。

⑵関係系Bezugssystem,system of reference 知覚現象が刺激と1対1の対応関係にないこと,すなわち恒常仮定が否定されることはすでに述べたが,そうした知覚特性の成立に関して提唱されたのが関係系の概念である。日常場面で,たとえば「重い」「軽い」という表現を耳にした人がそれを理解できるのは,それらが孤立した経験ではなく,重さという知覚特性の連続体(ディメンション)を背後にもち,その中で占める位置がある程度確立されているからである。関係系を示唆する現象は古くはヘリングの「生理的ゼロ点温度Nullpunktstemperatur」(1877)に見ることができる。これは,温かくも冷たくもないが,定まった温度ではない。マーティンMartin,L.J.とミュラーMüller,G.E.(1899)は,重さの比較判断実験において実験参加者は,判断に先立って刺激を一つもったとき「これは重い」「これは軽い」と「絶対(的)印象」を報告したと記している。絶対判断の最初の組織的実験を行なったのはウィーバーWever,E.G.とゼナーZener,K.E.(1928)である。この実験では「印象」ではなく,軽い,中等,重いの3カテゴリーでの「判断」を求めた。コフカ(1935)は,「枠組みframework」の説明で,勾配のある線路を走る車中から窓外を眺めると,木や家が斜めに見えるのは窓が水平・垂直を決定しているからであり,窓から身を乗り出せば,少し時間はかかるが真っすぐになると述べている。これらが背景としてすでに存在したが,メッツガー(1940,1954)は関係系を次のように明確に定義した。すなわち,この定義を自著『知覚心理学』(1969)の中で引用した盛永によると,「心的現象のほとんどすべての領域において,どの個々の形象も,それがそのなかに存在し,動き,そのなかにその場所を有し,その方向およびその大きさを有するところの領域に関係しており,この領域が関係系である」。メッツガーの考えでは,関係系は一定の構造を有し,一つのゼロ点Nullpunktと,それからの逸脱の程度を示すいくつかの関係点Bezugspunktをもつ。関係系の成立や変化を直接知覚することはできない。その関係系に属する物の特性(大きい,小さいなど)の変化を通して系の変化が察知される。前述の盛永の自著によれば,ゼロ点はある知覚特性の連続体において最も目立たない点であり,連続体の一方の端に位置する場合と,両方向への広がりの中で中央に位置する場合があり,順応とはゼロ点の移動である。盛永は,関係系を実証する多くの実験を行ない,ゼロ点ばかりではなく,複数の関係点の動きに注意を払い,系全体の動きに注目した。この点が,次に挙げる順応水準説においては,ALすなわちゼロ点を求める関数モデルに関心が集中したのと対比される。盛永の研究で,さらに特筆されるのは「錯視における偏位の矛盾」の提唱である。これは幾何学的錯視の生起が,距離,方向など,どのような知覚特性の連続体において測定されるかに依存することを明らかにしたと評価されている。

 関係系理論と同一の基礎に立ち,関係系を操作的に定義し,その数量化を試みたのがヘルソンHelson,H.の順応水準説adaptation level theoryである。順応水準(AL)とは中性的反応を生じる刺激であり,ゼロ点に相応する。ALを,焦点刺激(判断を求められている刺激),背景刺激,過去に与えられた刺激の残留要因(刺激事態と相互作用する過去経験など,実験的統制外要因)の3者の関数として定式化した。彼は多くの実験を行ない,知覚判断の予測を試みた。

2.実験的検証および展望 20世紀後半から,ゲシュタルト要因gestalt factorの効果の相対的強さを量的に測定し,ゲシュタルト要因を定量化する試みがなされた。さらに,ゲシュタルト要因を独立変数とし,パターン認知や記憶に及ぼす影響をみる研究も現われた。大山正はゲシュタルト諸要因の量的測定と知覚情報処理に関する多くの研究を行なった。たとえば,群化と仮現運動における類同の要因と近接の要因の均衡関係に基づいて,空間位置を含めた各種知覚次元情報の総合過程について考察している。これらは,ゲシュタルト心理学が基本とする実験現象学的観察により見いだされた知覚現象と,それらをもたらす物理変数の対応関係を,さらに精神物理学的に精緻化した研究成果である。一方,近年の神経科学は,図-地分化,仮現運動,ゲシュタルト要因,主観的輪郭など,ゲシュタルト心理学が明らかにした諸現象にかかわる多くの成果を上げてきた。知覚と行動について野口薫(2007)は,脳の適切な情報抽出・処理により,人は複雑な環境の中で秩序ある行動を取ることができるが,それを可能にするのは,世界と知覚とのインターフェースであるゲシュタルト要因が人を導いてくれるからであると述べている。メッツガーの前掲著書『視覚の法則』第1版(1936)の英訳(2006)には,今日の視覚研究者にとってもなお主たる関心事を扱っていること,ゲシュタルト概念は現在のネットワーク処理を提唱する研究者により,神経科学の流れへと統合されつつあること,取り上げられたトピックスは心理学,物理学,生物学,神経生理学,視覚の計算論などの研究者のみならず,美術家,哲学者の興味をもかきたてるであろうこと,もしこの知覚的観察の宝庫を,その出版の時点で英語圏でも知ることができたならば,その影響はいかばかりであったかに思いを致さざるをえない,との解説が付されている。こうした見解や前述のような近年の研究は,ゲシュタルト心理学が今なお研究者を引きつけてやまない魅力をもつことの証しである。 → →運動の知覚 →形の知覚 →ゲシュタルト要因 →視覚 →順応 →知覚
〔上村 保子〕

出典:最新 心理学事典
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ゲシュタルト心理学」の用語解説はコトバンクが提供しています。

ゲシュタルト心理学の関連情報

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation