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コイ(魚)【こい】

日本大百科全書(ニッポニカ)

コイ(魚)
こい / 鯉
carp
[学] Cyprinus carpio

硬骨魚綱コイ目コイ科に属する淡水魚。重要な食用および観賞魚で、現在ではほとんど世界中で養殖されている。景行(けいこう)天皇(555ころ)の恋物語に由来する「コイは恋から」との語源説は信頼性が低く、現在のところコイの語源は不明である。

[水野信彦]

分布と由来

最古の化石は、日本の壱岐(いき)島の新生代第三紀中新世の地層から発見されている。数十万年前に堆積(たいせき)した第四紀の古琵琶湖(こびわこ)層からも出土しており、縄文時代の住居跡や貝塚からもコイの骨が多数みいだされる。したがって日本産のコイの由来は、かつて推測された人為的移入によるものではなく、明らかに天然分布とみなせる。ただし、現在の全日本的な分布には、人為的なものがかなり関係しているものと考えられる。

 国外での天然分布域は極東方面とカスピ海・黒海周辺の2か所に分かれている。事実、この2地域のコイは別亜種とみなせるほどの分化を遂げており、少なくとも第四紀を通じて分布していたようである。中国とドイツの中新世の地層からもコイ属の化石が出土していることとあわせて、この両地域をコイの原産地とみなす人もある。しかし、それらの化石がコイ属のものであることを疑問視する向きもあり、少なくとも現生のコイとは別種である。後記の近縁種の分布状態や前記の日本での化石産出からみて、現生コイの原産地は中国大陸に求めるのが適切であろう。

 ギリシアへは紀元前3世紀にキプロス島を経て移入され(属名のCyprinusは同島の名に由来する)、中・西部ヨーロッパへは十字軍の遠征によって14世紀以後にもたらされた。北アメリカへの移入成功は1877年が最初という。現在は、ユーラシア大陸のほぼ全域と、台湾、海南島、インドネシア、フィリピン、グレート・ブリテン島など周辺諸島に広がっているほか、オーストラリアを含むほとんどすべての大陸に移入されている。

 同属の近縁種は3種にすぎず、すべて中国雲南省の1ないし数か所の湖に生息している。シプリナス・ミクリスチウスCyprinus micristiusは背びれ条数が9~13本と少なく、シ・ペレグリニC. pellegriniはひげが1対だけで鰓耙(さいは)(えらの鰓弓(さいきゅう)の咽頭(いんとう)側の面に列生する突起)の数が極端に多く、シ・ユウナネンシスC. yunanensisはひげをもたないなどが特徴。またコイそのものも、中国では少なくとも3亜種に分化している。

[水野信彦]

形態と生態

野生のノゴイ(野鯉)と、その養殖品種であるヤマトゴイ(大和鯉)を総称してマゴイ(真鯉)とよぶ。ヤマトゴイも放流されて日本各地で野生化している。そのほかにも、ニシキゴイ(イロゴイ)、ドイツゴイなどの種々の養殖品種がある。

 ノゴイは体高が低く円筒形に近いが、ヤマトゴイなどの飼育品種は一般に体高が高く、やや側扁(そくへん)している。背びれ条数は18~22本ぐらい。側線は完全で、側線鱗(そくせんりん)数は32~38枚程度である。味覚と嗅覚(きゅうかく)に敏感な2対の口ひげをもち、3列の咽頭歯は臼(うす)状を呈する。体色の変異はきわめて大きく、ノゴイでも淡黄褐色から黒みの強い銀灰色までさまざまである。

 湖の沿岸部や池沼、大河の下流域に多い。中流域では大きく深い淵(ふち)に集中する。海水の多少混入する河口域にも進出しているが、山間の渓流域にはみられない。底泥上の藻類、水草やその破片、泥ないし砂泥中の底生動物などを、泥とともにいったん口に入れたのちに吐き出して、摂食する。どちらかといえば肉食性で、とくに貝類を好み、臼歯(きゅうし)状の咽頭歯で貝殻を砕いて肉を食し、貝殻を吐き出す。水底や水草を掘り返した跡や吐き散らされた貝殻片は、漁師や釣り人がコイの生息を知る手掛りとしている。北アメリカやオーストラリアでは、この摂食習性が、水草帯に生息する土着魚種やカモ類に有害なだけでなく、水を濁らす原因ともみなされて嫌われ、コイの駆除作業がさまざまな形で実施されている。

 水温8℃以下の時期には活動を停止して、水底付近に静止する。産卵期は水温18~26℃のころで、17℃以下と28℃以上では産卵しない。そのため西日本での産卵期は4~6月ごろであるが、北海道では7、8月ごろであり、中国地方南部では12月下旬に始まるという。湖岸や水のよどんだ川岸に集まり、日の出ごろから正午ごろにかけて、雌1尾と雄2、3尾の小群がアシ、マコモ、キンギョモなどの生育地の水面付近で水しぶきをあげながら産卵する。体重10キログラムの雌は1尾で150万粒ほどの卵を産む。卵は直径約1.5ミリメートルの球形で粘着性があり、水草に付着する。水温20℃の場合4、5日で孵化(ふか)する。

 仔魚(しぎょ)は、水草帯に生息している付着生物や浮遊動物を主食としているが、全長20ミリメートルぐらいになると底生生物食に移行する。1年後には全長10~20センチメートル、2~3年で25~40センチメートルに成長して成魚となる。全長50~70センチメートル程度のものはまれではなく、中国大陸では1.8メートル、30キログラムぐらいに成長する。野外では20年以上に達するのはまれであるが、飼育条件下での寿命は50~60年に達する。岐阜県下のニシキゴイで鱗(うろこ)の年輪から210年以上と判定されたものがある。

[水野信彦]

養殖

食用に適しているうえに、性質が温和で飼いやすく、また成長も早く、運搬も比較的容易である。これら数々の利点から、現在では極寒地を除くほとんど全世界で養殖されている。中国では紀元前12世紀の殷(いん)の時代に始まり、前5世紀にはそのための書『養魚経』が著されている。そのほか、日本、ドイツ、チェコ、オーストリアなどでも古くから養殖が盛んであった。

 食用ゴイとして世界的に有名な品種はドイツゴイで、オーストリアで作出され、日本にはドイツから移入された。体高が著しく高いうえに体幅が大きく、成長も非常に早い。鱗のほとんどないカワゴイ(革鯉)と、大小不ぞろいの鱗が残るカガミゴイ(鏡鯉)とに分けられる。カガミゴイは、カワゴイと普通のコイとの雑種である。日本には1904年(明治37)に初めて移入されたが、食用としてよりもむしろニシキゴイの新品種の作出に利用されている。

 日本での食用ゴイはヤマトゴイが主体で、福島、長野、群馬の諸県をはじめ日本全国で養殖されている。養殖法には止水式と流水式とがある。前者は溜池(ためいけ)、池、水田で実施され、給餌(きゅうじ)をする方式と、給餌をしない方式があり、後者にはさらに施肥と無施肥の2方式がある。水田に種苗を放流して落水期に取り上げる、いわゆる稲田養鯉(ようり)は、農薬散布の普及によって衰退した。流水式はすべて給餌養殖で、餌(えさ)の残りかすや排出物による汚染を流水で除去しうるので、小面積での濃密な養殖と大量給餌が可能である。1平方メートル当りの年間水揚げ量は、止水式では0.5キログラムが限度であるが、流水式では200キログラムに達する。近年、各地の湖で盛んに実施されている網生け簀(す)養鯉も、流水式の一変型とみなせる。

[水野信彦]

ニシキゴイ(錦鯉)

コイのなかで、美しい色彩や斑紋(はんもん)をもつ観賞用コイの総称で、かつてはイロゴイ(色鯉)、ハナゴイ(花鯉)、カワリゴイ(変わり鯉)、モヨウゴイ(模様鯉)ともよばれ、1958年(昭和33)ごろからニシキゴイとよばれるようになった。色模様の違いによって数多くの呼び名があり、そのなかには品種といえるものもあるが、単なる愛称名も多い。体高がやや低くて細長いことと色模様のあること以外は、食用にされている普通のコイと、形態や習性はほとんど同じである。

[鈴木 亮]

飼育の歴史

古い文献によると、中国では2400年前(周の時代)からコイを飼育し、1650年前(晋(しん)の時代)には、赤、黒、白色のコイが飼育されていた。日本では、1796年(寛政8)には、赤や白色のものが飼育されるようになった。明治になってからは、コウハク(紅白)、キウツリ(黄写)、アサギ(浅黄)などが飼育され、1914年(大正3)の東京大博覧会には、いろいろのニシキゴイが出品された。

[鈴木 亮]

品種

現在知られているおもな品種は次のとおりである。

(1)コウハク(紅白) 白地に赤い斑紋があり、ニシキゴイの代表的品種である。

(2)サンショク(三色) サンケ(三毛)ともよばれ、白地に赤と黒の斑紋があるものは大正三色、濃い黒地に赤と白の斑紋のあるものは昭和三色という。

(3)シロベッコウ(白鼈甲、白別光) 白地に黒斑のあるもの。

(4)アサギ(浅黄) 背部が青色で、両側が赤色となる。

(5)シュウスイ(秋水) 色彩はアサギと同一であるが、鱗がドイツゴイ型で、背びれおよび側線に沿って各1列あり、そのほかの部分にはない。

(6)オウゴン(黄金) 全身が黄金色に輝いているもので、橙(だいだい)色がかったものはオレンジ黄金、ドイツゴイ型の鱗をもつものはドイツ黄金、金銀2色あるものは張分(はりわけ)黄金という。

(7)シロムジ(白無地) 白の単色のもの。

(8)アカムジ(赤無地) 赤の単色で、一般にヒゴイ(緋鯉(ひごい))とよばれている。

(9)キンカブト(金兜) 一般に素地は食用ゴイと同一であるが、頭部および背びれの基部が黄金色。銀色がかったものはギンカブト(銀兜)とよばれる。

(10)プラチナ 全身銀白色で、ドイツゴイ型の鱗をもつ。

(11)キウツリ(黄写) 黒地に黄色の斑紋をもつものをいう。

[鈴木 亮]

飼育

水温0~35℃ぐらいまで生存でき、25℃ぐらいが適水温度で、このときにもっとも多く餌を求める。10℃以下や30℃以上の場合には餌を与えないほうがよい。餌は市販の配合飼料でよい。糞(ふん)が寒天状の筒に包まれていたり、原形に近い形のときには、餌の量が多すぎる。観賞用には、30リットルぐらいの水槽でも飼育できるが、酸素不足による鼻上(はなあ)げという、水面近くで口をぱくぱくする現象をさせないことがもっともたいせつである。これを防止するには、飼育尾数を減らすか、循環濾過(ろか)装置をつけるか、またはポンプで送気する。水温が高く、餌を多く与えるときほど鼻上げしやすい。水温が急に下がると死亡したり、病気になりやすいから、水をかえるときには、汲(く)み置きの水を使用する。養殖は古くから新潟県の山沿い地方がもっとも盛んで、優秀品が多く生産されている。

 産卵期は5、6月ごろで、掃除してから温かい水を張った10平方メートルぐらいのコンクリート池が産卵に使われる。この池に卵を産み付けさせるための魚巣(ぎょす)(シュロの皮など)を水面近くに浮かべ、雌雄の親を放すと産卵する。一方、水田を改造した程度の池に、石灰や鶏糞などの肥料を散布して、稚魚の餌となるミジンコ類を培養しておく。産卵池の卵は、4~5日で孵化する。稚魚は孵化後3日目から餌を食べ始めるので、このときに餌を発生させた池に放す。ミジンコ類が食べ尽くされるころから、配合飼料などを与えて飼育する。稚魚のなかには、色彩などが悪くて商品価値のないものが多いので、1~2か月後に取り上げ、品種の特徴をもっているものだけを選別する。この作業は、その後も2、3回行われ、ニシキゴイの養殖でもっともたいせつなことである。

[鈴木 亮]

病気

よくおこる病気は、原生動物による白点病と、イカリムシやチョウ(ウオジラミ)による寄生虫病である。白点病は、体表面が白い粉を振りかけたようになる病気で、温度が急に低下するときにおこりやすい。水温を28℃ぐらいにし、食塩を約1%になるように水に溶かせば回復する。寄生虫は、体表面に寄生し、肉眼でもみられる。水産生物用「マゾテン」を200万分の1の濃度になるように水に溶かせば駆除できる。

 そのほか魚を移動したときに体表面の粘液がとれたり傷ができると、細菌類に侵されやすい。この際にも食塩水で処理するとよい。水温の低いときには、損傷部が回復しにくいので、秋から冬の間は、魚の取扱いにとくに注意が必要である。

[鈴木 亮]

釣り

釣り期は、春に産卵前の荒食いがある。夏は日中、気温や水温が上昇するために、夜釣りがよい。秋は越冬に備えて旺盛(おうせい)な食欲をみせるときであり、最高の釣りの季節である。冬は日中、水温の上昇する昼ごろのごく短時間だけがチャンスで、ほとんどオフシーズンといってよい。また標高のある湖では、5月下旬から7月上旬、8月下旬から9月末ぐらいまでと、平野部の川や沼に比べ釣り期は短くなってくる。

 大川の釣り場では春は上流、冬は下流へとノゴイは移動する。湖沼では春・秋ともに水温が高めの深みに集まる。標高のある湖でも同様で、これがポイント選定の目安である。

 釣り方にはウキ釣り、食わせ釣り、吸い込み釣りがある。ウキ釣りは、小形のコイをねらうときと、中形以上のものを釣るときでは竿(さお)や仕掛けの太さをかえなくてはならない。食わせ釣りは、ウキはつけず、いわゆる投げ込み釣りである。吸い込み釣りは、2本から4本の鉤(はり)をつけ、これを集魚率の高い練り餌で団子状に包み込み、ポイントに投入して釣る。餌は動物性と植物性がある。春はドバミミズ、ザリガニのむき身から始まり、コイに体力がつきだすとサツマイモをふかしたものなどコイ用に配合された練り餌がよくなる。秋の荒食いのときもイモ、練り餌、蛹(さなぎ)などが食いがよい。コイは一定のコースを回遊しているともいわれる。そのため寄せ餌で魚を誘うのがたいせつであり、また同一ポイントに餌を打ち込むのはもちろん、一度釣れた場所を覚えておき、毎日通ってみるのも好漁のこつである。

[松田年雄]

調理

白身で、味がよく、肉量も多いため、中国、ヨーロッパなどでも古くから広く料理に用いられてきた。年じゅう味はよいが、旬(しゅん)は冬で、身がしまり、脂(あぶら)がのってこってりとした味になる。養殖したものより、河川や湖沼にいる天然のもののほうが味がよい。養殖のものは、背と体全体が白みを帯び、ずんぐりしている。料理に使用する前に、清水の中で1~2週間飼い、泥臭さを抜く。

 コイは下処理に気をつける必要がある。それは、通称苦玉(にがだま)とよばれる胆嚢(たんのう)をつぶすと、全体に強い苦味が回り、食べられなくなるからである。苦玉は胸びれの真下の内臓の中にあるので、頭を落とすときは、頭の付け根から3枚目の鱗(うろこ)の端の位置で筒切りにして苦玉を除く。また、養殖ゴイのにおいをとるために、加熱する料理では、塩水でさっと洗うとよい。

 コイの料理として代表的なのは、洗いと鯉こくである。洗いは、コイの身をそぎ切りにし、冷水でよくさらし、身がひきしまってちりちりっと縮んだら、氷の上にのせてよく冷やし、からし酢みそで食べる。鯉こくは正式には鯉濃醤(こいこくしょう)とよばれる。コイを内臓、頭を除いたあと鱗のまま筒切りにし、濃いめのみそ汁に入れ、煮立ってきたら弱火にして柔らかくなるまで煮込む。長く煮るほど肉がしまって味がよくなる。刻みねぎ、粉さんしょうを加えて食べる。中国料理では糖醋鯉魚(タンツウリーユイ)、つまりコイの丸揚げ野菜あんかけが、またヨーロッパではドイツのコイの青煮が有名である。コイの丸揚げは、内臓だけをとり、油でゆっくり揚げたのち、野菜のせん切りを炒(いた)め、甘酢で調味して葛(くず)引きにした野菜あんをかける。コイの青煮は、コイの内臓をとり、頭、鱗のついたまま酢につけたのち香草とともにゆでる。鱗が青くきれいになるので青煮とよばれる。

[河野友美・大滝 緑]

民俗

中国では魚類の代表とされ、本菜の最後にかならず出されるコイの丸揚げは、出世魚として祝いの意とされる。それは、黄河上流の竜門にある滝を、どの魚も飛び越えることができなかったのを、コイだけが上って神通力を得、竜に化したという伝説による。また、中国では俗に「六々魚(ろくろくぎょ)変じて九々鱗(くくりん)となる」という。コイの側線上の鱗(うろこ)が36枚前後なので、コイを六々魚とよび、一方、九々鱗とは竜のことで、81枚の鱗をもつとされる。このことから、立身出世や試験に合格することを「登竜門をくぐる」といい、五月節供の鯉幟(こいのぼり)はこの故事にちなむ。『日本書紀』に景行(けいこう)天皇が美濃(みの)(岐阜県)に行幸したとき、美人を見そめて求婚したが、彼女が恥じて隠れてしまったため、天皇は池にコイを放って、見にくるのを待ったとあり、このころすでにコイが観賞用として飼育されていたことがわかる。また『徒然草(つれづれぐさ)』には、コイの熱い吸い物を食べた日は耳際の髪がばらつかないとあり、昔は心臓や呼吸器の病気の特効薬とされたほか、産後の肥立ちの栄養食として、母乳の出ない人などへコイを贈る習慣があった。近世以前はタイよりもコイのほうが上位とされ、かならず祝宴に用いられていたが、コイの腹びれは俗に「子留(ことどめ)のひれ」というため、子を産み出さずにとどめる不吉なものとして、婚礼にだけは用いられなかった。

 栃木県小山(おやま)市の高椅(たかはし)神社はコイを神の使いとするが、平安時代に井戸を掘っているとコイが出現したことから、鯉の明神とよばれるようになったという。またコイを祀(まつ)る「鯉塚(こいづか)」は、大阪市都島区中野町の大長寺など各地の社寺にあり、岐阜県各務原(かかみがはら)市の苧ヶ瀬(おがせ)池にある慈眼寺には、紅白の麩(ふ)でつくった神輿(みこし)をコイに食べさせ、その食べぐあいによって天候を占う行事がある。東京都台東区東上野にある報恩寺では、毎年1月12日にコイの「俎(まな)開き」の行事が行われ、魚類を代表してコイが包丁式に用いられるが、寺でコイを料理するのは珍しい。

[矢野憲一]

『天野政之著『錦鯉の観賞と飼い方』(1964・加島書店)』『富永正雄・栗原伸夫・千葉健治著『鯉』(1966・緑書房)』『川本信之編『養魚学各論1 コイ』(1967・恒星社厚生閣)』『小杉泰一著『錦鯉』(1970・緑書房)』『黒木健夫著『錦鯉百科』(1971・講談社)』『鈴木亮著『錦鯉の飼い方』(1972・泰文館)』『稲葉伝三郎編『淡水養殖』(1976・恒星社厚生閣)』『黒木健夫著『錦鯉の楽しみ』(1990・新日本教育図書)』『黒木健夫著『錦鯉入門』新版(1996・新日本教育図書)』『山崎外平著『美しい錦鯉』(2004・新日本教育図書)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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