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コクトー

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

コクトー
Cocteau, Jean
[生]1889.7.5. パリ近郊メゾンラフィット
[没]1963.10.11. フォンテンブロー近郊ミリーラフォレ
フランスの詩人,作家。パリのリセ・コンドルセを出て,当時の最も前衛的な芸術家たちと交わり,鋭い近代的感覚と機知にあふれた詩精神を,詩,戯曲,映画,小説,批評,デッサンなどあらゆる方面に発揮した。代表作に,詩集『喜望峰』 Le Cap de Bonne-Espérance (1919) ,『平調楽』 Le Plain-Chant (23) ,戯曲『オルフェ』 Orphée (27,50映画化) ,『人間の声』 La Voix humaine (30) ,『地獄の機械』 La Machine infernale (34) ,小説『山師トマ』 Thomas l'Imposteur (23) ,『恐るべき子供たち』 Les Enfants terribles (29,50映画化) ,映画『詩人の血』 Le Sang d'un poète (32) ,『永劫回帰』L'Éternel Retour (44) など。

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デジタル大辞泉

コクトー(Jean Cocteau)
[1889~1963]フランスの作家。・小説・演劇・映画・絵画など、多様な分野で活躍。前衛的作風により、独自の美を追求した。詩「ポエジー」、小説「恐るべき子供たち」、映画「美女と野獣」「オルフェ」など。

出典:小学館
監修:松村明
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世界大百科事典 第2版

コクトー【Jean Cocteau】
1889‐1963
フランスの詩人。その活動は単に詩だけではなく,小説・戯曲・評論・絵画など,ほぼすべての芸術ジャンルにまたがっている。彼の多才ぶりは瞠目に値し,新作ごとにごうごうたる賛否を巻き起こし,醜聞にまで発展したこともまれではない。しかし彼はあくまでも詩人であり,それ以外の形式を試みる場合でも,常に彼自身の詩を表現しようとした。彼の作品は要するに〈究極においては真実となる虚偽〉の連続であると言えよう。その大半が生の裏返しである死を扱い,眠りと夢を追求し,生と死をつなぐ天使を重視したのも当然である。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

コクトー
こくとー
Jean Cocteau
(1889―1963)

フランスの詩人。詩、批評、小説、戯曲、バレエの台本をはじめ、画家、シナリオライター、映画監督など「オーケストラ人間」とよばれるほど多彩な芸術活動を展開した。日本で広く愛唱される「私の耳は貝の殻 海の響(ひびき)をなつかしむ」(堀口大学訳)の作者である。姉1人兄1人の末っ子として、7月5日パリ近郊メゾン・ラフィットで、美術・音楽を愛好する富裕な家庭に生まれた。幼少時からパリの社交界の雰囲気になじみ、女流詩人ノアイユ伯爵夫人、作家となる前のプルーストらの名士の門に出入りし、20歳から23歳の間に3冊の詩集を公刊した。しかし後年、詩人自身はこれらを創造的な作品でないとして自著目録から抹消した。小説家ジッド、音楽家ストラビンスキーと知り合ったころから、厳しい自己探求の道を進み、デッサンと文とで構成する小説『ポトマック』(1913~1919)を完成。第一次世界大戦が起こると民間組織の傷病兵救護団に参加して前線に出、その体験を詩集『喜望峰』(1919)に歌い、後の小説『山師トマ』(1923)に結実させた。画家ピカソ、作曲家サティの協力を得た『パラード』(1919)、新興音楽グループ「六人組」の作曲による『エッフェル塔の花嫁花婿』(1924)などのバレエ台本は新奇な魅力で世間を驚かせた。批評には『雄鶏(おんどり)とアルルカン』(1918)、『世俗な神秘』(1928)などの芸術論、『わが青春記』(1935)、『へその緒』(1962)などの回想記、『阿片(あへん)』(1930)、『存在困難』(1947)、『知られざる者の日記』(1952)などの省察録のほか、旅行記、見聞録、作家論など多様で、すべては美とポエジーの追究に帰一する。

 小説では半自伝風の『大胯(おおまた)びらき』(1923)のあと、著者名を伏せた同性愛の『白書』(1928)を出版して論議をよび、やがて名作『恐るべき子供たち』(1929)を発表後は、小説から離れて舞台と映画に情熱を傾け、現代化した神話劇『オルフェ』(1927)、独白劇『声』(1930)、『地獄の機械』(1934)、『恐るべき親たち』(1938)、『双頭の鷲(わし)』(1946)、『バッカス』(1952)などの戯曲、『詩人の血』(1930)、『美女と野獣』(1946)、『オルフェ』(1949)、『オルフェの遺言』(1960)などの映画は、それぞれ作品のスタイルを変化させつつ、愛と死と詩を主題にした問題作となった。

 詩集としては、ルネサンス風な『平調曲』(1922)、絶妙な言語遊戯の『オペラ』(1937)などの中期の名作を経て、第二次世界大戦後の『幽明集』以後しだいに内観的となり、大患の病床でつづった長詩『鎮魂歌』(1959)で、ついに頂点に達した。

 多くの素描、パステル画から壁画まで、また陶器その他のオブジェ作者としての活動も含めて、造形作家としての業績も忘れてはならない。アカデミー会員に選出(1955)後も創作意欲は衰えず、最後まで永遠の芸術家だったが、あまりに多角的な才能は正当に評価されず、彼自身「大衆は誤解によってのみ詩人を愛する」と書いたように、終生「誤解の名声」に包まれた「知られざる」孤独な詩人であったといえる。1963年10月11日ミリ・ラ・フォレに没。

[曽根元吉]

資料 監督作品一覧

詩人の血 Le sang d'un poète(1930)
美女と野獣 La belle et la bête(1946)
双頭の鷲 L'aigle à deux têtes(1947)
恐るべき親達 Les parents terribles(1948)
オルフェ Orphée(1949)
サント・ソスピール荘 La villa Santo-Sospir(1952)
オルフェの遺言 私に何故と問い給うな Le testament d'Orphée, ou ne me demandez pas pourquoi!(1960)

『堀口大学・佐藤朔監修、曽根元吉編『ジャン・コクトー全集』全8巻(1980~1987・東京創元社)』『堀口大学訳『コクトー詩集』(新潮文庫)』

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精選版 日本国語大辞典

コクトー
(Jean Cocteau ジャン━) フランスの作家。多彩な才能をもち、詩、小説、戯曲、映画、批評、絵画の分野に活躍。現実と秩序と無秩序などを、古典的な美意識と卓越した技巧によって作品化した。代表作は「ポエジー」「恐るべき子どもたち」「美女と野獣」「オルフェ」など。(一八八九‐一九六三

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