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コベントリー

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

コベントリー
Coventry, Francis
[生]?
[没]1759頃
イギリスの文学者愛玩犬生涯に託した風刺小説『小ポンペイ一代記』 History of Pompey the Little (1751) の作者

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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コベントリー
Coventry
イギリスイングランド中部,ウェストミッドランズ地域東部の都市。コベントリー地区を構成する。バーミンガムの東約 30kmにあり,エーボン川に近い。1043年にマーシア伯レオフリックとその妻ゴダイバが,ベネディクト会の修道院を創設してから発展した町。ゴダイバが夫に重税を廃止してもらうため,約束に従ってコベントリーの町を裸で馬に乗って走ったという伝説で知られ,市内にその彫像がある。1182年に勅許状を得,中世には羊毛の取り引き,次いで毛織物工業で繁栄,13世紀末にはミッドランド地方の織物工業の中心地となった。17世紀末,布地に代わってリボンの生産が中心となり,それとともに時計製造が盛んになった。19世紀後半,自転車工業の発展により近代工業が始まり,19世紀末からは自動車の製造が始まった。その後レーヨン,電話機などの工業が導入され,今日,自動車,農業機械,工作機械,通信機器などを製造する。第2次世界大戦中,1940年11月と 1941年4月にドイツ軍の爆撃を受け,市の中心部は大破し,聖マイケル大聖堂その他の歴史的建造物も一部を除いて破壊された。その後 1956~62年に大聖堂が再建されたほか,市街の再建,近代化が進められ,多数の公園,広場などが配された近代的工業都市となっている。ウォリック大学(1965),コベントリー大学(1970)がある。面積 97km2。人口 30万4200(2004推計)。

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デジタル大辞泉

コベントリー(Coventry)
英国イングランド中部、ウエストミッドランズ州の工業都市。中世より織物業で発展。20世紀に自動車や航空機の工場が集まる軍需産業の中心地になったため、第二次大戦中はドイツ軍の激しい空襲を受けた。コベントリー大聖堂は、戦争の爪痕(つめあと)と戦後の復興のシンボルとして知られる。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
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世界大百科事典 第2版

コベントリー【Coventry】
イギリス,イングランド中部,ウェスト・ミッドランズ州(旧ウォリックシャー)東部の工業都市。人口30万4000(1995)。シャーバン川の段丘上に位置し,ミッドランド工業地域の核心の一つを形成する。もとは原毛の取引地であったが,13世紀末に毛織物業が成立し,優れた染色技術によってミッドランド地方の織物業の中心として発達した。その後17世紀にはリボン,時計,19世紀後半以降は自転車,自動車,レーヨンと新しい工業が次々に立地した。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

コベントリー
こべんとりー
Coventry

イギリス、イングランド中部、ウェスト・ミッドランズ大都市県にある都市。人口30万0844(2001)。バーミンガムの東南東約30キロメートルに位置する工業都市で、とくに自動車工業が名高い。ほかに、航空機、機械工具、合成繊維、電気器具などが生産される。町の起源は、1043年にベネディクト派修道院が建てられたときにさかのぼり、以来、商業、手工業の中心地として発展。中世には優れた繊維染色技術を生かして大いに栄え、イングランドの四大地方都市の一つに数えられた。しかしピューリタン革命後、主産業となった絹織物業と時計工業は、19世紀に入ってフランスとスイスの製品に圧倒され、アメリカ大陸へ移住する市民が多数出た。この流れを変え、ふたたび繁栄への扉を開いたのが、1896年の自動車工場開設である。しかし自動車工業など輸送機械工業の集積は、第二次世界大戦中ドイツ軍の空襲を招き、市の中心部は壊滅した。戦後復興した新市街は、周辺に駐車場を配置し、中心部への車の乗り入れを大幅に制限した新しい都市づくりで知られる。

[久保田武]

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