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コペルニクス(年譜)【こぺるにくすねんぷ】

日本大百科全書(ニッポニカ)

コペルニクス(年譜)
こぺるにくすねんぷ

1473 2月19日ポーランドのトルニに生まれる
1483 父ニコラウス死去。以降、伯父ワッツェンローデの下で養育される
1491 クラクフ大学入学。天文学を学び始める(1495年卒業)
1496 教会法修得のためイタリアのボローニャ大学に留学
1497 3月9日ボローニャ大学教授ノバラに師事。アルデバランの掩蔽を観測し、プトレマイオスの月理論の誤りに気づく。10月20日フロムボルクのワーミアの聖堂の評議員に任命される
1497 このころ『アルマゲストの概説書』(ポイエルバハ、レギオモンタヌス共著)を入手し、天動説の再検討に進む
1500 ローマを訪問
1501 ポーランドにいったん帰国。ついでパドバ大学に留学。医学に興味をもつ
1503 フェラーラ大学から教会法の博士号を受ける
1507 このころ地動説に関する小冊子を書く。月の運動を除いて、太陽の歳差運動、惑星運動についてはまだ多くの課題を残していた。一方、ハイスベルクで伯父ワッツェンローデの秘書兼侍医として活動
1509 テオフィラクトス・シモカッテスの書簡集を翻訳
1512 3月29日伯父ワッツェンローデ死去。フロムボルクに転任
1513 惑星の系統的な観測を始める
1514 教皇庁より改暦に関して意見を求められるが、返答を差し控える
1516 ワーミアの一地方長官となる
1520 このころドイツ騎士団の攻撃強まる。政治経済面で敏腕を振るう(~1530年ごろまで)
1522 ウェルナーの『第八球面の運動について』を批判する。集中的に月観測を行う(~1524年まで)
1528 通貨に関する経済的研究『貨幣論』を出版
1539 若い学者レティクスが訪れる
1540 レティクス、コペルニクス学説の概要『ナラティオ・プリマ』を出版
1543 3月神学者オシアンダーにより、主著『天球の回転について』出版される。5月24日フロムボルクで死去

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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