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コムーネ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

コムーネ
comune
中世イタリアの北・中部で数多く生じた自治都市。成立は,11~12世紀に諸都市の内部で統領制(コンソラート)と呼ばれる行政機関が形成されたときに求められる。その後,商工業活動の発展,皇帝と教皇の対立の利用,周辺農村地域(コンタード)の支配などを通して自治的都市共同体=都市国家の性格を強めていった。代表的な都市としては,ベネチアジェノバピサなどがあげられる。12世紀頃までには,ロンバルディアのクレモナ,ベネトのパドバトスカナフィレンツェシエナなどの内陸諸都市に多数出現した。コムーネ内部には,行政権や裁判権をもつ参事会制度(数人の代表で構成),全市民が参加したアレンゴと呼ばれる市民議会があったが,その後,ポデスタと呼ばれる最高の行政権を行使しうる官職が設けられた。参事会員,ポデスタとなるのは土地所有貴族が多かったが,13世紀中頃になると商人階級が台頭し,その財力や威信にものをいわせて都市の政治に参画するようになった。彼らはポポロと呼ばれる一種の圧力団体を組織し,統治機関に大規模に参画するようになった。14世紀初め頃になるとシニョリーア制が発展し,コムーネはしだいに終息していった。(→コミューン

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デジタル大辞泉

コムーネ(〈イタリア〉comune)
中世イタリアの都市国家
現代イタリアの地方自治体。日本での市町村にあたる。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
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世界大百科事典 第2版

コムーネ【comune[イタリア]】
普通にはイタリアの自治共同体をさすことば。歴史的には中世イタリアの自治都市,都市国家をさす。
[コムーネの成立]
 古来地中海のかけ橋として商業がさかんであったイタリアでは,中世初期の社会的混乱期にも商業活動が存続し,彼らが居住する都市も経済的・政治的機能を維持していた。ランゴバルド時代(6~8世紀)以降,地方行政の中心は都市に置かれていた。とくにイタリアにおけるカロリング家断絶(888)後の混乱とイスラム教徒マジャール人侵入の時代に都市の政治的重要性が増大した。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

コムーネ
こむーね
Comune イタリア語

11世紀以降、北・中部イタリアの各地に発達した自治都市。イタリアでは古代以来都市の伝統が存続していたが、都市によってはすでに10世紀末に市民集会を開く権利と慣習をもっていたものもある。この時代には商業の発展、都市人口の増大が生じ、さらに11世紀には教会改革や十字軍のような新たな運動が生じていた。このような激動のなかで都市住民の団結は強まり、やがてコムーネと称する自治団体が各地の都市で出現した。コムーネは、初め平和維持のための一時的な誓約団体であったが、しだいにコンソレ(執政官)を代表とする恒常的な都市の政治機構に発展した。神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世(在位1152~90)は北イタリアのコムーネを弾圧しようとしたが、結局コンスタンツの和(1183)によって都市の自治権を認めざるをえなくなった。コムーネには商人、手工業者だけでなく、周辺農村の領主その他の土地所有者層が参加していたため、コムーネは周辺領域(コンタード)をもつ領域支配権力となった。12、13世紀には都市経済の発展や周辺からの人口流入によってコムーネの政治秩序が動揺した。そのため都市外の有力者に一定期間の行政を委任するポデスタ制が考案された。また、従来政治から排除されていた新興市民層が自衛団体であるポポロを形成し、13世紀後半にはこれをコムーネ内部の重要な機関とした。アルテ(ギルド組織)がその基盤として活用された。しかし、都市政治に参加できる者は事実上限定されており、大多数の小商人、職人は排除されていた。

 13世紀以降コムーネ相互の抗争や党派の対立によってコムーネ政治は不安定となり、やがて1人の有力者が都市の全権を掌握するシニョリーア制が成立し、15世紀にはベネチア、フィレンツェなどごく少数の都市を除いて広く普及するようになった。シニョリーア制の成立でコムーネ体制は終わりを告げることになる。なお、農村の都市的集落に成立したコムーネをとくに「農村コムーネ」とよぶ。また、現在でも市町村にあたる地方自治体はコムーネとよばれる。

[清水廣一郎]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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旺文社世界史事典 三訂版

コムーネ
comune (イタリア)
西洋中世の自治都市。フランス語ではコミューヌ(commune)という
11〜12世紀ごろ,貨幣経済進展に伴い,生産と商業活動の自由を要求する市民は,自治権獲得闘争(コミューヌ運動)を起こした。ギルドが中心になり,国王や諸侯から特許状を得る方法をとったが,武力衝突になる場合もあった。イタリアや北フランスでは自由都市を形成したが,富豪の支配が強くなり,13世紀末には衰えた。なお,1871年に成立した労働者政権に対して,パリ−コミューンの言葉が使われている。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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