@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

シアグリウス

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

シアグリウス
Syagrius
[生]430頃
[没]486
ローマ最後のガリア総督。 486年ソアソンの戦いでフランクのクロービス1世に敗れ,西ゴート王アラリック2世のもとに逃れたが,クロービスに引渡され,翌 486年処刑された。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

シアグリウス【Syagrius】
?‐486か487
ガリアの統治者。この地方のローマ人政権の最後の統治者にあたる。4世紀後半から5世紀末までガリア中部から北部にかけて勢力張したリヨンの元老院貴族の出身。462年父アエギディウスソアソンに自立的支配権を構築し,その相続者となった彼は,西ローマ帝国滅亡後,〈ローマ人の王〉と呼ばれた。486年か487年彼の王国フランク族クロービスの攻撃で崩壊し,彼は西ゴート王アラリックのもとに逃亡したが,クロービスの手に引き渡されて殺害された。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

日本大百科全書(ニッポニカ)

シアグリウス
しあぐりうす
Syagrius
(430ころ―487)
ローマ帝政末期のガリアの武人。西ローマ皇帝マヨリアヌス(在位457~461)の下でガリア軍司令官を務めたアエギディウスAegidius(?―464)の息子。同帝が暗殺されたのち、その後継者を承認せず、事実上の独立勢力としてソアソンSoissonsを中心とする北ガリア一帯を支配した父の死後、その遺領を継いだ(464)。西ローマ帝国滅亡後も、ガリアにおける最後のローマ勢力としてゲルマン諸部族王国に伍(ご)していたが、486年(あるいは487年)、フランク王クロービスの攻撃を受け、ソアソン付近で敗北。トゥールーズToulouseの西ゴートの下に逃れたが、クロービスの威嚇に屈した西ゴート王により、フランクに引き渡され、クロービスの命で殺されて、その支配領域はフランク王国に併合された。[後藤篤子]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

シアグリウス」の用語解説はコトバンクが提供しています。

シアグリウスの関連情報

関連キーワード

Socket 2ダレイオスOverDrive ReadyソケットシンクロナスDRAMVL-BusAm5x86Socket 1TI486DX4アイよんはちろく

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation