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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

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Schelling, Friedrich Wilhelm Joseph von
[生]1775.1.27. ウュルテンベルク,レオンベルク
[没]1854.8.20. ラーガツ
ドイツの哲学者。ドイツ観念論の系譜のなかで,フィヒテの知識学から出発し,そこでは排除されるべきものとして考えられていた自然をも,精神と同一の原理において把握するために独自の自然哲学を立て,のちに同一哲学として体系化した。特に芸術を哲学のオルガノンないし証書としてこれに高い位置を与えたことなどから,当時のロマン主義者たちから大きな共感を得,その哲学的代弁者と考えられた。その後ヘーゲル哲学が主流を占めるようになってからは,みずからの同一哲学をもヘーゲルの絶対的な弁証法と同じく,絶対者として神そのものにいたりえない消極哲学にすぎないとして,積極哲学を説いたが,世に受入れられず不遇のうちにこの世を去った。主著『先験的観念論の体系』 System des transzendentalen Idealismus (1800) ,『人間的自由の本質についての哲学的考察』 Philosophische Untersuchungen über das Wesen der menschlichen Freiheit (09) 。

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Szeryng, Henryk
[生]1918.9.22. ワルシャワ
[没]1988.3.2. カッセル
ポーランド生れのメキシコバイオリニスト。メキシコ大学で教えるかたわら,ソリストとして欧米諸国で演奏バッハのすぐれた解釈で知られ,晩年指揮にもたずさわっていた。 1964年来日。

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Schelling, Thomas C.
[生]1921.4.14. カリフォルニアオークランド
[没]2016.12.13. メリーランド,ベセスダ
アメリカ合衆国の経済学者。フルネーム Thomas Crombie Schelling。1944年カリフォルニア大学バークリー校を卒業,1951年ハーバード大学で博士号を取得。1945~46年連邦予算局で働き,1948~50年ヨーロッパでマーシャル・プランに携わり,1951~53年大統領府に勤務。その後エール大学(1953~58),ハーバード大学(1958~90),メリーランド大学(1990~2003)で教授を務めた。1950年代半ばの冷戦をきっかけに,国家安全保障や軍備拡大競争にゲームの理論を応用する必要性を唱え,1960年『紛争の戦略』The Strategy of Conflictとしてまとめた。ゲームの理論の応用範囲を拡大し,紛争解決や戦争回避の一助とした功績が認められ,2005年イスラエルの数学者ロバート・J.オーマンとともにノーベル経済学賞を受賞した。『選択と結果』Choice and Consequence(1984)など書多数。

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デジタル大辞泉

シェリング(Friedrich Wilhelm Joseph von Schelling)
[1775~1854]ドイツの哲学者。神秘的直観を重視し、合理主義哲学の限界を批判、絶対者において自然と自我とが合一すると説く同一哲学を主唱。著「先験的観念論の体系」「人間的自由の本質」。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
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世界大百科事典 第2版

シェリング【Friedrich Wilhelm Joseph von Schelling】
1775‐1854
ドイツ観念論とロマン主義の立場に立つ哲学者。シュトゥットガルト郊外のレオンベルクに,すぐれた東洋学者でもあった牧師を父として生まれる。早熟の天才であり,15歳でチュービンゲン大学に入学を許され,5歳年長のヘーゲルおよびヘルダーリンと親交を結ぶ。19歳のときフィヒテの哲学を述した論文を発表し,哲学界に登場する。フランス革命への熱狂的な共感を,ヘーゲルやヘルダーリンと共有し,カント,フィヒテ,スピノザを学ぶ。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

シェリング【Friedrich Wilhelm Joseph von Schelling】
1775~1854 ドイツの哲学者。自我と自然を包括する絶対者というロマン派的理念のもと、同一哲学を構築して、芸術に重要な位置を与える。後期には、理性の限界を示し、存在すること自体の根拠を問う積極哲学を構想して実存哲学を先取りした。主著「超越論的観念論の体系」、「人間的自由の本質」など。

出典:三省堂
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精選版 日本国語大辞典

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[一] (Arnold Schering アルノルト━) ドイツの音楽学者。ベルリン大学で音楽学をおさめ、同大学教授となって多数の音楽学論文を発表。特にバッハ研究にすぐれ、「バッハ年鑑」を刊行した。(一八七七‐一九四一
[二] (Friedrich Wilhelm Joseph von Schelling フリードリヒ=ウィルヘルム=ヨーゼフ=フォン━) ドイツの哲学者。ドイツ観念論におけるロマン主義思潮の代表者。主客の根源的同一性を原理とする同一哲学を唱えた。神話学、芸術哲学と並んで自然哲学を重視した。主著「わが哲学体系の叙述」「人間的自由の本質」。(一七七五‐一八五四

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社世界史事典 三訂版

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Friedrich Wilhelm Joseph von Schelling
1775〜1854
ドイツのロマン主義哲学者
自然を自我の不完全状態とし,進んで自然と精神との最高統一を芸術に見出す「同一哲学」を主張し,美的観念論の立場を確立した。晩年には神秘主義を唱え,実存哲学に影響を与えた。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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