@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

シュトラウス

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

シュトラウス
Strauss, David Friedrich
[生]1808.1.27. ルートウィヒスブルク
[没]1874.2.8. ルートウィヒスブルク
ドイツの神学者哲学者,伝記作家。 1825年テュービンゲン大学で神学,哲学を学び,31年ベルリン大学で,F.シュライエルマッハー,G.ヘーゲルの弟子たちの影響を受けた。 32年テュービンゲンに戻り,母校の教壇に立ち,35~36年『イエス伝』 Das Leben Jesu (2巻) をわした。この書のなかで彼はイエス生涯神話による形成にほかならないと批判したために,母校を追われたが,この福音書批判は大きな論議を呼起し,40年までに4版を重ね,またこれがもとでヘーゲル学派は左,中央,右の3派に分裂し,彼自身は左派の中心人物とみなされた。 40~41年『キリスト信仰論』 Die christliche Glaubenslehre (2巻) を著わしたが,以後,二十余年は,神学から離れ,主として詩人,文学者の伝記の著述に費やした。しかし 64年に神学に復帰し,『信仰のキリストと歴史のイエス』 Der Christus des Glaubens und der Jesus der Geschichte (1865) は,シュライエルマッハーのイエス伝の講義に対する批判として著わされた。晩年は,汎神論の立場に立った。主著ドイツ民族のためのイエス伝』 Leben Jesu für das deutsche Volk (64) ,『新・旧の信仰』 Der alte und der neue Glaube (72) 。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

シュトラウス
Strauss, Eduard
[生]1835.3.15. ウィーン
[没]1916.12.28. ウィーン
オーストリアの作曲家,指揮者。ヨハン・シュトラウス () の4男。兄ヨーゼフの死後活躍した。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

シュトラウス
Strauss, Emil
[生]1866.1.31. プフォルツハイム
[没]1960.8.10. フライブルク
ドイツの作家。音楽家の家系に生れる。大学で哲学などを学んだのち農業に従事,1892年ブラジルに渡り 10年間農業と教育の仕事につく。帰国して農場経営のかたわら小説を書いた。 19世紀のリアリズムに強く結びついた伝統的な作風を示す。郷土と農耕生活に深く根ざし,過誤や試練のなかで理想主義的に努力する人間像を描いている。小説『友ハイン』 Freund Hein (1902) ,『十字路』 Die Kreuzungen (04) ,『巨人の玩具』 Das Riesenspielzeug (34) ,短編集『ベール』 Der Schleier (31) 。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

シュトラウス
Strauss, Franz Josef
[生]1915.9.6. ミュンヘン
[没]1988.10.3. バイエルン
西ドイツの政治家。 1939年ミュンヘン大学卒業。カトリック青年運動に属してナチスと衝突。第2次世界大戦後キリスト教社会同盟 CSUの設立に尽力し,49年連邦議会議員に当選。 53年無任所相,55年初代原子力相,国防会議副議長となり,また原子力委員会顧問をつとめた。 56年には国防相となり,少数精鋭部隊主義を原則とし,最新兵器を装備した軍隊の再編計画を推進した。 61年 CSU党首。 62年シュピーゲル事件で国防相を辞任。 66年 K.キージンガー内閣の蔵相となり,親仏路線を進め,69年蔵相を辞任した。 84年連邦参議院議長。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

シュトラウス
Strauss, Josef
[生]1827.8.22. ウィーン
[没]1870.7.21. ウィーン
オーストリアの作曲家,指揮者。 J.シュトラウス (子) の次弟。『オーストリアの村燕』ほか 283曲のワルツポルカなどを作曲した。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

シュトラウス
Strauss, Richard Georg
[生]1864.6.11. ミュンヘン
[没]1949.9.8. ガルミッシュパルテンキルヘン
ドイツの作曲家,指揮者。後期ドイツ・ロマン派の最後の巨匠。 1924年まで各地の宮廷管弦楽団や歌劇場の指揮者をつとめ,以後は世界各国で客演指揮者として活躍。一方作曲家としてオペラ,交響詩,歌曲を数多く作曲。常に重要な地位にあり,数多くの名誉ある称号や栄位を受けた。 R.ワーグナーや F.リストの影響を強く受けながら,楽劇『エレクトラ』『サロメ』『ばらの騎士』および交響詩ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』『ツァラトゥストラはかく語りき』『英雄の生涯』などで,20世紀前半にあってロマン派の余光を放った。歌曲は約 150曲。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

シュトラウス
Strauss, Botho
[生]1944.12.2. ニュルンベルク
ドイツの劇作家,批評家。 1967~70年演劇雑誌『テアーター・ホイテ』 Theater Heuteの編集にあたる。その後,P.シュタインのもと,ベルリンのシャウビューネ劇場でドラマターグをつとめ,イプセンの『ペール・ギュント』 (1971) などを脚色上演。さらに,芸術と現実の関係を問う『認知のための3幕』 (77) で劇作家としても国際的な名声を博した。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

シュトラウス
Strauss, Leo
[生]1899.9.20. ドイツ,キルヒハイン
[没]1973.10.18. アメリカ合衆国,メリーランド,アナポリス
ドイツ生まれのアメリカ合衆国の政治哲学者,古典政治理論研究者。1921年にハンブルク大学で博士号を取得,1925~32年にベルリンのユダヤ主義研究所で研究助手を務めた。その後ロックフェラー財団の特別研究員としてイギリスとフランスで研究に従事。1938年にアメリカへ移住,1944年に帰化した。政治学教授として 1938~49年ニュースクール・フォー・ソーシャルリサーチ(のちのニュースクール大学),1949~68年シカゴ大学,1968~69年クレアモント・メンズ・カレッジ,1969~73年セントジョンズ大学に籍を置いた。トマス・ホッブズ,ニッコロ・マキアベリ,ベネディクトゥス・デ・スピノザソクラテスなど哲学者や政治思想家の研究に従事し,その著作も多い。シュトラウスの研究は文言の顕在的意味と潜在的意味を区別したことで知られる。また,アメリカの学術研究の歴史において顕著な役割を果たした。数量政治学行動論政治学がもてはやされた時代に古典的な政治哲学者・思想家に関する研究を大学機関の課程に復活させ,維持した功績で評価されている。政治理論にも重要かつ永続的な遺産をもたらしたことによりシュトラウス学派と呼ばれる研究者たちが生まれた。その一方でいわゆる新保守主義派,特にアメリカのブッシュ政権の外交政策に大きな影響を与えたとして問題視されることもある。主著に,『僭主政治について』On Tyranny(1948,改訂1991),慧眼の名著とされる『自然権と歴史』Natural Right and History(1950),"Persecution and the Art of Writing"(1952),『政治学とは何か』What Is Political Philosophy?(1959)など。(→政治哲学

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉

シュトラウス(David Friedrich Strauss)
[1808~1874]ドイツの哲学者・神学者。ヘーゲル哲学の影響を強く受け、神秘的、超自然的なものを排斥する立場から聖書批判を行い、福音書の内容を神話とする「イエスの生涯」を書いた。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

シュトラウス(Richard Georg Strauss)
[1864~1949]ドイツの作曲家・指揮者。ドイツ後期ロマン派の代表者。リストワグナーの影響を基礎に、官能的・色彩的な独自の境地を開いた。作品に交響詩「英雄の生涯」「ドン=ファン」、オペラばら騎士」など。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

シュトラウス(Strauss)
(Johann Baptist ~)[1804~1849]オーストリアの作曲家。ウィーンで楽団を組織、ウィンナワルツの基礎を築く。ワルツの父と称される。作品に「ローレライラインの調べ」「ラデツキー行進曲」など。
(Johann ~)[1825~1899]オーストリアの作曲家。の長男。ウィンナワルツを芸術作品にまで向上させ、約500曲もの作品を残した。ワルツ王と称される。作品に「美しく青きドナウ」「ウィーンの森の物語」、オペレッタジプシー男爵」「こうもり」など。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

シュトラウス【David Friedrich Strauss】
1808‐74
ドイツの聖書学者・神学者。チュービンゲンで神学を学び,同郷の先輩ヘーゲルに師事すべくベルリン大学におもむいたが,ヘーゲルが急死したため,経歴上はヘーゲルの直弟子ではない。シュトラウスはその著《イエスの生涯》2巻(1835‐36)において聖書の批判的研究を試み,福音書に記されているイエス・キリストの事績は歴史的事実ではなく,原始キリスト教団が〈無意識的〉に生み出した〈神話〉であるを指摘しつつ,ヘーゲルの宗教哲学を継承する方向で独特のキリスト教論を展開した。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

シュトラウス【Johann Strauss】
オーストリアの音楽家。19世紀にウィーンで,ウィンナ・ワルツを中心とした通俗的な音楽の作曲・演奏に活躍した父子で,同姓同名のために父を〈ワルツの父〉,子を〈ワルツの王〉と呼び分けることもある。(1)父(1804‐49) 初めパーマーに率いられる大衆的なダンス楽団でビオラを弾いていたが,1824年,バイオリン奏者のランナーJoseph Franz Karl Lanner(1801‐43)とともに独立。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

シュトラウス【Richard Georg Strauss】
1864‐1949
ドイツの作曲家,指揮者。ミュンヘンの宮廷オーケストラのホルン奏者を父とする。1880年代に本格的な創作活動に入る。初期は交響曲,協奏曲ソナタなど,伝統的なジャンルで作品を書く。85年10月,マイニンゲンでH.vonビューローのもとで副指揮者となって,この時から作曲家と指揮者という二重生活が始まった。同年12月から翌年4月までマイニンゲン宮廷音楽監督,86年秋より3年間ミュンヘン宮廷歌劇場第3指揮者となる。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

20世紀西洋人名事典

シュトラウス


ストラウスをも見よ。

出典:日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)
(C) 1995 Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
それぞれの項目は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

367日誕生日大事典

シュトラウス
生年月日:1915年9月6日
ドイツ連邦共和国の政治家
1988年

出典:日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」
(C) Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
それぞれの項目は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

精選版 日本国語大辞典

シュトラウス
[一] (David Friedrich Strauss ダーフィト=フリードリヒ━) ドイツの神学者。ヘーゲル左派の指導者。聖書の歴史的・批判的研究を開拓した。主著「イエス伝」は福音書の否定的批判の書。(一八〇八‐七四
[二] (Johann Baptist Strauss ヨハン=バプチスト━) オーストリアの作曲家、指揮者。「ワルツの父」と呼ばれる。一九世紀前半ウィーンで楽団を組織し、洗練されたウィンナワルツを作曲、演奏して人気を博した。(一八〇四‐四九
[三] (Johann Strauss ヨハン━) オーストリアの作曲家、指揮者。(二)の長男。「ワルツ王」と呼ばれる。父の開拓したワルツをさらに多様に洗練化し、四〇〇を超えるワルツ、ポルカなどを作曲した。代表作はワルツ「美しく青きドナウ」「ウィーンの森の物語」「皇帝円舞曲」、オペレッタ「こうもり」など。(一八二五‐九九
[四] (Richard Georg Strauss リヒャルト=ゲオルク━) ドイツの作曲家、指揮者。ミュンヘンに生まれ、ブラームスやワーグナー、ベルリオーズの影響の下に、標題楽的傾向の大曲を作った。代表作はオペラ「サロメ」「ばらの騎士」、交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」「英雄の生涯」など。(一八六四‐一九四九

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

シュトラウス」の用語解説はコトバンクが提供しています。

シュトラウスの関連情報

関連キーワード

ドルトン(John Dalton)一八〇八年五月三日ベートーベン1808年5月3日クライストスペイン独立戦争カルロス(4世)ゴヤ(年譜)ナポレオン戦争史(年表)だりむくる

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation