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シュミット

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

シュミット
Schmid, Joseph
[生]1893.1.26. ホルツハウゼン
[没]1975.9.4. ミュンヘン
ドイツの新約聖書学者,カトリック司祭。ディリンゲン・ドナウ神学校教授 (1945) ,ミュンヘン大学新約聖書釈義学教授 (51) を歴任作活動のかたわら後進の養成に努め,現代ドイツ・カトリック聖書学の更新と発展に貢献した。主著は『マタイルカ』 Matthäus und Lukas (30) ,『マルコとアラム語マタイ』 Markus und aramäische Matthäus (論文,53) ,『ギリシア語黙示録の史的研究』 Studien zur Geschichte des griechischen Apokalypsetextes (3巻,55~56) 。このほか共観福音書の注解,『新約聖書入門』などがある。

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シュミット
Schmid, Karl Christian Erhard
[生]1761.4.24. ハイルスベルク
[没]1812.4.10. イェナ
ドイツの哲学者。 1791年ギーセン,93年イェナの各大学教授。カント哲学の信奉者で,『純粋理性批判概要』 Kritik der reinen Vernunft im Grundrisse zu Vorlesungen (1786) ,『カント哲学用語辞典』 Wörterbuch zum leichteren Gebrauch der kantischen Philosophie (88) を著わした。

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シュミット
Schmidt, Arno
[生]1914.1.18. ハンブルク
[没]1979.6.3. ツェレ
西ドイツの作家。第2次世界大戦で捕虜生活を体験,戦後文筆活動に入る。一種前衛派で,『レビアータン』 Leviathan (1949) から『ツェッテルの夢』 Zettels Traum (70) まで,リアリスティックでありながらロマンチックな文体によるユニークな散文作品がある。作品内に古今文献から題材を得た「謎」をちりばめることで有名

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シュミット
Schmidt, Bernhard Voldemar
[生]1879.3.30. エストニア,ナイサー
[没]1935.12.1. ハンブルク
ドイツの光学技術者。 1898年まで電信技師,写真技師,設計士などの仕事をしていたが,1901年ドイツ,ミトワイダの工業学校に入り,卒業後そこで光学機械の製作所と天体観測所を開いた。 26年ハンブルク天文台に迎えられ,30年シュミット・カメラ発明広角で収差がきわめて小さく,天体観測技術の飛躍的向上を促した。カリフォルニアのパロマ天文台には 48インチ (約 122cm) のシュミット望遠鏡が装備されている。

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シュミット
Schmidt, Franz
[生]1874.12.22. プレスブルク
[没]1939.2.11. ウィーン近郊ペルヒトルツドルフ
オーストリアの作曲家。 1880年からウィーンでヘルメスベルガーに学ぶ。 96年ウィーン宮廷オペラ管弦楽団のチェロ奏者,のちウィーン音楽院のチェロとピアノの教授を経て,1925~27年院長をつとめた。主作品には4つの交響曲弦楽四重奏曲オルガン曲,オラトリオなどがある。

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シュミット
Schmidt, Friedrich, Freiherr von
[生]1825
[没]1891
オーストリアの建築家。シュツットガルトで修業し,のちウィーンで活躍。 E.ツウィルナーの助手として,ケルン大聖堂修復にたずさわった。またフュンフハウス聖堂 (1868~75) を設計。代表作にはウィーン市庁舎 (72~83) があり,ウィーンにおけるゴシックリバイバルの主導者であった。

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シュミット
Schmidt, Fritz
[生]1882.3.13. ザクセン,ワーレンブリュック
[没]1950.2.1. ヘッセン,オーベルウルゼル
ドイツの経営経済学者。 E.シュマーレンバハ,H.ニックリッシュなどとともに第2次世界大戦前のドイツ経営経済学を代表する。高校卒業後実務についたが,のちにライプチヒ商科大学に学んだ。 1914年フランクフルト大学教授。彼の学説の特徴は,会計目的観と評価論にある。会計目的については,一つの会計組織によって損益計算財産計算とをあわせて行う立場を取り,評価については,徹底的に時価主義をとり,実体資本維持の立場を展開した。主著『シュミット有機観対照表学説』 Die organische Tageswertbilanz (第3版,1929) のほか,論文が多数あるが,"Zeitschrift für Betriebswirtschaft" ("Der Betrieb im Kreislauf der Wirtschaft"〈20巻,50〉) が著名。

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シュミット
Schmidt, Helmut
[生]1918.12.23. ハンブルク
[没]2015.11.10. ハンブルク
ドイツ分裂後のドイツ連邦共和国(西ドイツ)の政治家。首相(在任 1974~82)。有力週刊紙『ディー・ツァイト』の発行人も務めた。第2次世界大戦中は兵役に服し,復員後ハンブルク大学で経済学を学んだ。1946年ドイツ社会民主党入党,1949~53年ハンブルク市庁経済・運輸局勤務。1953~61年連邦議会議員を務め,1965年に再び同議員に選出された。1968年同党副委員長,1969年キリスト教民主同盟 CDUとの大連合の成立に指導力を発揮した。1969~72年ウィリー・ブラント内閣の国防大臣,1972~74年財務大臣を歴任。1974年5月ブラント首相がギヨーム事件で引責辞任したあと首相に就任する。ブラント前首相の理想主義的な姿勢に対し堅実な実務家として早くから党内外に人望があり,首相として西ドイツ,フランスの提携を軸にアメリカ合衆国,ソビエト連邦の両大国との均衡外交を展開,またドイツ民主共和国(東ドイツ)との関係を深めるなど,西ヨーロッパの卓越したリーダーの一人だった。1976,1980年に再任。1982年,連立相手の自由民主党が離脱して CDUと組んだ結果,CDU党首のヘルムート・コールを後継首班とする建設的不信任案が議会を通過,退陣した。1987年政界を引退した。

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シュミット
Schmidt, Isaac Jacob; Jakov Ivanovich
[生]1779. アムステルダム
[没]1847
ロシアの東洋学者。モンゴル学の創始者の一人。 1798年ロシアに移住,最初商業に従事しながらカルムイク語とチベット語を学び,1812年ペテルブルグに移って聖書協会に勤務。聖書をモンゴル語に全訳して注目された (1827刊) 。 27年ロストク大学でドクトルの学位を得,29年ペテルブルグ大学東洋学講座の助教授となった。続いて『蒙古源流 (エルデニイン・トプチ ) 』 (29) や『ゲセルハン物語』 (39) をドイツ語に翻訳。『モンゴル=ドイツ=ロシア語辞典』 Mongolisch-deutsch-russisches Wörterbuch (35) ,『チベット=ドイツ語辞典』 Tibetisch-deutsches Wörterbuch (41) などを著わして世界的な名声を博した。ロシア科学アカデミー会員,ロンドン,パリ,カルカッタのアジア協会会員。ドイツの東洋学協会会員となった。

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シュミット
Schmidt, Johannes
[生]1843.7.29. プレンツロー
[没]1901.7.4. ベルリン
ドイツの言語学者。 A.シュライヒャーに学んだが,その言語系統樹説に対し,言語波動説を唱えた。主著『インド=ヨーロッパ諸語の親縁関係』 Die Verwandtschaftsverhältnisse der indogermanischen Sprachen (1872) 。

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シュミット
Schmidt, Julian
[生]1818
[没]1886
ドイツのジャーナリスト,文学史家。著書に『ドイツ文学史』 Geschichte der deutschen Literatur (5巻,1886~96) など。

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シュミット
Schmidt, Karl Ludwig
[生]1891.2.5. フランクフルト
[没]1956.1.10. バーゼル
ドイツのプロテスタント新約聖書学者。ベルリン大学講師 (1918) ,ギーセン (21~25) ,イェナ (25) ,ボン (29~33) 各大学教授。スイスで牧師 (33~35) ののちバーゼル大学新約聖書学教授 (35) を歴任。引退後同名誉教授 (53) 。 M.ディベリウスブルトマンと並び様式史的研究を主唱。"Theologische Blätter" (22~37) および"Theologische Zeitschrift" (45~52) を編集。著書"Der Rahmen der Geschichte Jesu" (19) ,"Die Stellung des Evangeliums in der allgemeinen Literaturgeschichte" (23) ,"Die Polis in Kirche und Welt" (40) ,"Die Judenfrage im Licht des Kap. 9~11 des Römer" (43) ,"Kanonische und apokryphische Evangelium und Apostelgeschichten" (44) ,"Die Verkündigung der Kirche an die Welt" (44)。

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シュミット
Schmidt, Kurt Diertrich
[生]1896.10.25. ウトレーデ
[没]1964.7.27.
ドイツのプロテスタントの教会史学者。ゲッティンゲン大学講師 (1924) ,キール大学教授 (29~35) ,ドイツ教会闘争に参加して告白教会に加わり,罷免されて,ヘルマンスブルクの宣教師養成学校の神学教師 (36) ,第2次世界大戦後ハンブルク大学教授となる (52) 。ゲルマン民族のキリスト教化や,宗教改革,トリエント公会議などに関する研究で知られる。主著"Die Bekehrung der Germanen zum Christentum" (36) ,"Germanischer Glaube und Christentum" (48) ,"Grundriss zur Kirchengeschichite" (49) ,"Gesammelte Aufsätze" (67)。

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シュミット
Schmidt, Wilhelm
[生]1868.2.16. ホールダ
[没]1954.2.10. フライブルク
ドイツの民族学者,カトリックの聖職者,人類学者。ウィーン大学,フライブルク大学各教授。歴史科学としての民族学の意義を強調し,文化圏と文化層の仮説のもとで世界の民族の文化を歴史的に体系化しようと試みた。また言語学上卓越した貢献をなし,モンクメール語の研究においてすぐれた足跡を残した。 1906年には雑誌"Anthropos"を創刊し,文化史的民族学の興隆に貢献した。主著"Der Ursprung der Gottesidee" (1912~55) ,W.コッパースとの共著『民族と文化』 Völker und Kulturen (24) のほか,文法性や数詞の体系など文法特徴を示す 14枚の世界言語地図をつけた『世界の語族と言語圏』 Die Sprachfamilien und Sprachenkreise der Erde (26) がある。

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シュミット
Schmitt, Carl
[生]1888.7.11. プレッテンベルク
[没]1985.4.7. プレッテンベルク
ドイツの公法学者,政治学者。敬虔なカトリック信徒である両親のもとに生まれ,ベルリン大学,ミュンヘン大学,シュトラスブルク大学で法律を学び,1915年博士号取得。ボン大学,ケルン大学などで教え,1933年政権掌握まもないナチスに入党したが,その後日和見主義(オポチュニズム)的な主張が党内で批判された。1933~45年ベルリン大学教授。第2次世界大戦後,ナチスに協力したとして一時投獄されたが,1950年釈放され学界に復帰。初期にはカトリック的規範主義の立場をとっていたが,やがて決断主義へ移行した。民族の政治的実存を起点に近代的自由主義国家思想を否定し,社会に対する国家,経済・文化に対する政治の優位を主張した。また,政治の本質と味方を区別することにあり,国家が敵を決定し,憲法は民族が自己の政治的統一体の種類とかたちについてくだすものであるとした。このほか,決断主義の欠陥を克服するために,国家,党,国民の 3要素を結合した三重国家を提唱し,「具体的秩序の理論」を展開した。決断主義から「具体的秩序」にいたる複雑な理論は『パルチザンの理論──政治的なものの概念についての中間所見』Theorie des Partisanen(1963)に集約されている。著書はほかに『政治的ロマン主義』Politische Romantik(1919),『政治神学』Politische Theologie(1922),『現代議会主義の精神史的地位』Die geistgeschichtliche Lage des heutigen Parlamentarismus(1923),『政治的なものの概念』Der Begriff des Politischen(1927),『合法性と正当性』Legalität und Legitimität(1932。→合法性),『大地のノモス』Der Nomos der Erde(1950)などがある。

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シュミット
Schmitt, Florent
[生]1870.9.28. ムルトエモーゼル,ブラモン
[没]1958.8.17. ヌイイシュルセーヌ
フランスの作曲家。パリ音楽院で G.フォーレと J.マスネに学び,1900年ローマ大賞を受け,イタリアに留学。ドイツ,オーストリアトルコに滞在して帰国。 21~24年リヨン音楽院院長。ドイツ・ロマン派作風と E.シャブリエの才気ドビュッシーの色彩感を融合して大編成の曲を書いた。代表作『サロメ悲劇』。

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シュミット
Schmidt, Brian P.
[生]1967.2.24. モンタナ,ミズーラ
アメリカ合衆国生まれの天文学者。1989年アリゾナ大学を卒業,1993年ハーバード大学で天文学の博士号を取得。オーストラリア国立大学研究員などを経て 2010年から同大学特別教授。アメリカとオーストラリアの両国籍をもつ。オーストラリアのストロムロ山天文台に在籍していた 1994年に,高赤方偏移超新星探査チーム HZTを立ち上げ(→赤方偏移),超遠方の超新星の探査を開始した。Ia型超新星の観測から宇宙膨張率を求め,1998年,観測した超新星 16個の明るさは予想より暗く,宇宙の膨張は加速していると発表した。同 1998年に,ローレンス・バークリー研究所の超新星宇宙論プロジェクト SCPも同様な結果を公表した。2011年,多数の超新星を観測して宇宙の膨張が加速していることを発見した功績により,データのコンピュータ解析に携わったアダム・G.リース,SCPのソウル・パールムッターとともにノーベル物理学賞を受賞した。(→一般相対性理論宇宙論

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デジタル大辞泉

シュミット(Carl Schmitt)
[1888~1985]ドイツの政治学者・公法学者。全体主義的国家論を提唱し、ナチスに理論的基礎を与えた。政治的なものの本質がと敵との対立にあるとする、友敵理論でも知られる。著「政治的なものの概念」「政治神学」など。

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シュミット(Helmut Schmidt)
[1918~2015]ドイツの政治家。第二次大戦に参加。1946年社会民主党(SPD)に入党。69年ブラント政権で国防相・経済相・蔵相を歴任。ブラントが辞任した74年、西ドイツ首相に就任。82年首相を辞任。その後も「OBサミット」などで国際的に幅広く活躍した。→コール

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世界大百科事典 第2版

シュミット【Bernhard Voldemar Schmidt】
1879‐1935
ドイツの光学器械技術者。シュミットカメラ,あるいはシュミット望遠鏡と呼ばれるコマ収差のない広い視野をもつ光学系を発明した。彼は通信技士,写真技師,設計技師などとして働きながら,天文学と光学について独学して経験を積んだ。やがて,小さい光学工場と天文台をもって,光学技師としての評判を得るに及んで,1926年からドイツのハンブルク天文台で働くことになった。シュミット望遠鏡の着想を得たのは29年の日食のときといわれる。

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シュミット【Carl Schmitt】
1888‐1985
ドイツの公法学者,政治思想家。ウェストファーレンのカトリック系の家庭に生まれる。第1次大戦と戦後の混乱に衝撃をうけ,19世紀の自由主義的法治主義,議会制などがその歴史的基盤を失ったと主張した。彼によれば20世紀は法をこえて〈政治〉が発動する時代であり,その〈政治〉とは規範の拘束を受けない敵味方の関係である。〈政治〉が規範的拘束から解きはなたれて発現する場が〈非常事態〉であり,主権者とは〈非常事態の決断者〉である。

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シュミット【Franz Schmidt】
1874‐1939
オーストリアの作曲家。プレスブルク(現,ブラティスラバ)に生まれ,1888年にウィーンへ移住。90年よりウィーン音楽院に学ぶ。1896‐1911年,宮廷歌劇場チェロ奏者を務めるかたわら,1901‐08年母校のチェロ教師。14年より母校が改組された国立アカデミーの教授としてピアノ,対位法,作曲法を教え,25年に同校院長,続いて27~31年,音楽・造形芸術専門学院院長を歴任。34年にウィーン大学より名誉博士号を授与される。

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シュミット【Florent Schmitt】
1870‐1958
フランスの作曲家。パリ音楽院でマスネーやフォーレに師事し,1900年にカンタータ《セミラミス》でローマ大賞をうけた。あらゆるジャンルの作曲に手を染め,とりわけ合唱曲《詩篇47番》(1904),バレエ曲《サロメの悲劇》(1907),ピアノ五重奏曲(1901‐08),弦楽四重奏曲(1948),《交響曲第2番》(1958)などが高い評価を得ている。その音楽は,力強さと優しさ,悲劇性とユーモア,記念碑的な偉大さと細密画風の装飾的な繊細さ,といった互いに相反するものが両立して均衡を目ざすところに,独特な個性を示す。

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シュミット【Wilhelm Schmidt】
1868‐1954
ドイツに生まれ,スイスで没したが,おもにオーストリアで活躍した民族学者,言語学者。言語学者として出発し,東南アジアオセアニアの言語分類に貢献したが,のち民族学を主とし,文化圏説の大成者,ウィーン学派の総帥となった。カトリック教,神言会派の神父で,宣教師の民族学的調査を奨励,指導した。神観念起源をいわゆる原始一神教に求めたが,主著《神観念の起源Der Ursprung der Gottesidee》全12巻(1912‐55)はその成果である。

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大辞林 第三版

シュミット【Wilhelm Schmidt】
1868~1954 ドイツ生まれの民族学者。神言会修道士。オーストリアで活躍。単系的進化論を批判、文化圏説を発展させ、いわゆるウィーン学派の基礎を築いた。著「神観念の起源」など。

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シュミット【Carl Schmitt】
1888~1985 ドイツの公法・政治学者。一時、ナチス学界で指導的な地位にあった。政治的なものの本質が友と敵の対立にあるとする友敵理論は有名。著「政治の概念」「政治的ロマン主義」など。

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367日誕生日大事典

シュミット
生年月日:1882年3月13日
ドイツの経営経済学者
1950年没

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シュミット
生年月日:1761年4月24日
ドイツの哲学者
1812年没

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シュミット
生年月日:1845年7月13日
ドイツの薬学者
1921年没

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シュミット
生年月日:1860年7月23日
ドイツの地磁気学者
1944年没

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シュミット
生年月日:1843年7月29日
ドイツの言語学者
1901年没

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シュミット
生年月日:1864年8月6日
ドイツの考古学者
1933年没

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シュミット
生年月日:1891年9月30日
ソ連邦の数学者,地理学者,探検家
1956年没

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精選版 日本国語大辞典

シュミット
[一] (Adolf Schmidt アドルフ━) ドイツの地球物理学者。ポツダム観測所長兼ベルリン大学教授。磁気嵐などの研究にあたり、シュミット式磁力計の考案で知られる。一九〇三年「地磁気年鑑」を創刊。(一八六〇‐一九四四
[二] (Isak Jakovljevičh Šmidt イサーク=ヤコブレビチ━) ロシアの東洋語学者。蒙古語、蒙古史に通じ、ロシア東洋学および蒙古学の創始者として知られる。著書に、蒙古語、チベット語の文典、辞典がある。(一七七九‐一八四七
[三] (Ernst Schmidt エルンスト━) ドイツの薬学者。ハレ大学教授、マールブルク薬学化学研究所長を歴任した。主著「薬化学便覧」。(一八四五‐一九二一
[四] (Florent Schmitt フローラン━) フランスの作曲家。フランス的な華麗さにドイツ的重厚さを加味した作風で、独特のロマンチシズムを表現。合唱曲「詩篇第四七番」、バレエ曲「サロメの悲劇」など。(一八七〇‐一九五八

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社世界史事典 三訂版

シュミット
Helmut Schmidt
1918〜  
ドイツ連邦共和国の政治家
1953年から連邦議会議員となり,ブラント政権閣僚を歴任後,74年に首相。党首のブラントとともに社会民主党を指導したが,1982年の連邦議会で不信任を受け,キリスト教民主同盟のコールに政権を渡した。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
執筆者一覧(50音順)
小豆畑和之 石井栄二 今泉博 仮屋園巌 津野田興一 三木健詞
 
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