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ショインカ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ショインカ
Soyinka, Wole
[生]1934.7.13. イギリス保護領ナイジェリアアベオクタ
ナイジェリアの劇作家,詩人,小説家。フルネーム Akinwande Oluwole Soyinka。ヨルバ族出身。イバダン大学で学んだのち,イギリスのリーズ大学で文学演劇,特にシェークスピア劇を修める。ロンドンで教職関係の仕事に従事するほか,ロイヤル・コート・シアターで劇団顧問を務めた。1960年に帰国後はナイジェリア情報局の役人を務め,その間にオーストラリア,アメリカ合衆国などの演劇事情を視察。1960年,劇団「仮面1960」(のちにオリスン劇団と改称)を結成するなど演劇活動を組織するとともに戯曲を書き,イバダン大学,イフェ大学(今日のオバフェミ・アウォロウォ大学),ラゴス大学で教壇に立つ。アフリカの伝統文化と急激な近代化のギャップに悩むナイジェリアの不条理な現実を批判的,風刺的に描いた作品が多い。1967~70年のビアフラ戦争時には反戦運動を展開し,軍事政権によって 2年間投獄されるが,獄中でも精力的に執筆活動を続けた。獄中体験をもとに,戯曲『狂人と専門家たち』Madmen and Specialists(1970初演),詩集『地下室に閉じ込められたウソの鳥』A Shuttle in the Crypt(1969『牢獄の詩』Poems from Prisonとして初版,1972改題再版),評論『死んだ男』The Man Died: Prison Notes(1972),小説『異変の季節』Season of Anomy(1973)の四部作を生んだ。代表作はほかに,イギリス留学中に書いた戯曲『ライオンと宝石』The Lion and the Jewel(1959初演,1963出版),『森の舞踏』A Dance of the Forests(1963),『殉死と王の馬丁』Death and the King's Horseman(1975)など。小説『通訳者たち』The Interpreters(1965)もある。サミュエル・バークレー・ベケットなどの不条理演劇,ギリシア・ローマの古典劇にも造詣が深く,西洋演劇とアフリカ(ヨルバ)伝統演劇の手法を駆使し,新境地を開拓したとされる。評論『神話:文学・アフリカ世界』Myth, Literature and the African World(1976),『芸術・対話・憤怒』Art, Dialogue, and Outrage(1988),幼少時代の自伝『アケ』Aké: The Years of Childhood(1981),自伝『イバダン:メモワール 1946-1965』Ibadan: The Penkelemes Years: A Memoir, 1946-1965(1994)ほかがある。1986年,アフリカ人作家として,また黒人作家として初のノーベル文学賞を受賞した。(→アフリカ文学

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

ショインカ(Wole Soyinka)
[1934~ ]ナイジェリアの劇作家詩人・小説家。西欧演劇の枠組みにアフリカの伝統を融合させた、実験的な演劇を生み出した。軍事政権を批判して英国に亡命したが、のちに帰国。1986年、ノーベル文学賞受賞。作「湿地に住まう者」「森の舞台」「アノミーの季節」など。

出典:小学館
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世界大百科事典 第2版

ショインカ【Wole Soyinka】
1934‐
ナイジェリアの劇作家,演出家,俳優。1954年から57年までイギリスのリーズ大学に留学,西欧演劇の理論と実際を学び,のちローヤル・コート・シアターの演出家となった。60年に帰国,イバダンを拠点に〈1960仮面劇団〉を,のちに〈オリスン劇団〉を組織するなど,近代演劇をアフリカに定着させた。西欧知性派の鬼才とうたわれるが,ヨルバ族神話の神々,特に生と死,創造と破壊の支配者オグンがつかさどる逆理的世界,仮面,太鼓,舞踊,儀礼など伝統演劇の手法を自在に取り入れている。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

ショインカ【Wole Soyinka】
1934~  ナイジェリアの劇作家。西欧演劇にアフリカの伝統を融合させた。作「森の舞台」「アノミーの季節」、評論集「神話・文学・アフリカ世界」など。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

ショインカ
しょいんか
Wole Soyinka
(1934― )
ナイジェリア、ヨルバ・ランド出身の劇作家、詩人、小説家、評論家。イバダン大学卒業後、イギリスのリーズ大学に留学し、教授のG・ウィルソン・ナイトからシェークスピア演劇の指導を受け、これが演劇に開眼するきっかけとなった。1957年に同大学を卒業し、58年にロンドンに出て、ロイヤル・コート・シアターで演劇の修業を積んだ。祖国の独立と同時に、1960年に帰国。この間、S・ベケットやH・ピンターの不条理演劇の世界にものめり込んでいった。帰国後、ただちに劇団「1960・マスクス」および「オリスン座」を結成し、イフェ、イバダン、ラゴスの各大学で教えながら、西洋演劇とアフリカ演劇との融合という壮大な実験演劇に取り組み、急激な近代化に伴う、アフリカの伝統的な生活様式とのギャップ、その不条理を痛烈に諷刺(ふうし)した。そんな劇作品に『沼地の住人たち』(1963)、『ライオンと宝石』(1963)、ヨルバ神話の神オグンを軸に据えてシェークスピアの『真夏の夜の夢』にヒントを得た『森の舞踏』(1963)、『道路』(1973)、『死と王の馬丁』(1975)、ブレヒトの『三文オペラ』を脚色した『オペラ・ウォニヨシ』(1981)、『未来学者のための鎮魂歌』(1985)、『ズイアから、愛を込めて』(1992)がある。1967年にナイジェリア市民戦争(ナイジェリア戦争)が勃発(ぼっぱつ)すると、反戦ヒューマニズムの立場から、連邦政府ゴウォン政権を批判するキャンペーンを展開し、1967年から2年間投獄された。この戦争体験から、詩集『地下室に閉じ込められたウソの鳥』(1972)、戯曲『狂人とスペシャリストたち』(1971)、小説『異変の季節』(1973)、獄中体験記『死んだ男』(1972)の四部作を出版し、「異常事態における人間の非合理性」を追求した。釈放後の1972年にイギリスに「自己追放」し、ゴウォン失脚後の1976年に帰国した。イバダン大学を経てイフェ大学演劇科主任教授となり、ナイジェリア演劇界の活性化に尽くし、F・オショフィーサンFemi Osofisan(1946― )らの後継者を育てた。1984年に同大学を辞した後も、祖国の政治腐敗やアパルトヘイトを非難する政治的発言が目だつ。1994年にアバチャ軍事政権を批判してロンドンに亡命し、1998年アバチャの死去後帰国した。
 そのほかの作品に、詩集『イダンレその他』(1967)、『オグン・アビビマン』(1976)、『マンデラの大地』(1989)、『地域少年の美化』(1995)、小説に『通訳者たち』(1965)、自伝に『アケ』(1981)、『イサラ』(1989)、『イバダンの頃(ころ)』(1994)、評論集に『神話・文学・アフリカ世界』(1976)、『芸術・対話・暴力』(1988)、『大陸の開いた傷口』(1996)、講演集に『記憶の重荷』(1999)などがある。1986年にノーベル文学賞を受賞した。その翌年の87年(昭和62)に来日している。[土屋 哲]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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