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シルクロード

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

シルクロード
Silk Road
古代の中国と西洋を結んだ交易路。西洋へはが,中国へは羊毛,金,銀,ネストリウス派キリスト教(景教)などがもたらされた。シルクロード(絹の道)ということばは 19世紀ドイツの地理学者フェルディナント・フォン・ウィルヘルム・リヒトホーフェンによって,その大著『中国』China, Ergebnisse eigener Reisen und darauf gegründeter Studien(全5巻,1877~1912)の 1巻において Seidenstrassenとして使用されたのが最初であろう。リヒトホーフェンの弟子スウェン・アンデルス・ヘディンがその中央アジア旅行記の一つの書名にこのことばを使用して以来有名になったが,元来は東トルキスタン(中国,シンチヤン〈新疆〉ウイグル〈維吾爾〉自治区)を東西に横断する交通路を味するものであった。しかしシルクロードを中国とローマとの間の主要貿易路(交易路)とするならば,その起点は長安(→シーアン〈西安〉特別市)でその終点はシリアアンチオキアだとすることができよう。この名称をリヒトホーフェンとヘディンが使用した意味に解するならば,この隊商路の主要な路線は次の 3本になる。(1) 最も古い南方路。敦煌(→トンホワン〈敦煌〉市)からアルトゥン(阿爾金)山脈に沿い,ホータン,ヤルカンドなどタクラマカン(塔克拉瑪干)砂漠の南辺を通過してパミール高原に達する。(2) 紀元後数年に開かれたと考えられる北方路。敦煌からトゥルファンを経てウルムチ(→ウルムチ〈烏魯木斉〉特別市)に達し,イリ川流域にいたる。(3) 北方路よりも古く,南方路と同じ頃の前2世紀にさかのぼる中央路。敦煌から楼蘭を経てコルラ(→コルラ〈庫爾勒〉市)に達する,最も重要な隊商路として 4世紀前半まで使用されていたと考えられる。広義のシルクロード,すなわち西トルキスタン(中央アジア)以西の東西隊商路は多数の路線に分岐していた。2014年,洛陽(→ルオヤン〈洛陽〉特別市)から長安を経て中央アジアにいたる路線(全長約 8700km)のうち約 5000kmにわたる部分と,その道路網に沿った都市,宮殿,寺院などを含む遺跡(中国はキジル千仏洞玉門関など 22ヵ所,カザフスタン 8ヵ所,キルギスはアク・ベシムなど 3ヵ所)が,「長安・天山回廊の道路網」として世界遺産の文化遺産に登録された。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

シルク‐ロード(Silk Road)
中央アジアを横断する古代の東西交通路の称。中国から、タリム盆地周縁のオアシス都市を経由し、パミールを経て西アジアとを結ぶ道で、モンゴル帝国が支配するまで東西の文物の交流に大きな役割を果たした。絹(シルク)が中国からこの道を通って西方に運ばれたところから、ドイツの地理学者リヒトホーフェン命名。絹の道。
[補説]2014年、中国・カザフスタン・キルギスタンに残る33か所の関連遺跡や寺院などが、「シルクロード」の名で世界遺産(文化遺産)に登録された。

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デジタル大辞泉プラス

シルクロード
ホンダ(本田技研工業)が1981年から製造・販売したオートバイ。総排気量248cc(普通自動二輪車)。エンジン形式は空冷4ストローク単気筒SOHC。市街地から未舗装路の走行まで幅広い用途に対応するトレッキングバイク。

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シルクロード
仏教美術史学者、林良一によるノンフィクション。シルクロード美術について解説する。1962年刊行。第11回日本エッセイスト・クラブ賞受賞。

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世界大百科事典 第2版

シルクロード【Silk Road】
本来は,洛陽,長安などの中国の都市と,シリア,ローマなどの西方の諸地域とを結んだ,中央アジア経由の陸上東西交通路,キャラバン・ルートの総称。数本の幹線路と無数の支路とから成るが,その内容は時代時代によって異なる。〈絹の道〉の意。ドイツ語のザイデンシュトラーセンSeidenstrassen(複数形〈絹の諸道〉)に基づく英語訳名。ドイツ語名は,ドイツの地理学者F.vonリヒトホーフェンの大著《支那China》第1巻(1877)に用いられ,以後これを受け継いだドイツの東洋学者A.ヘルマン著書《シナ・シリア間の古代絹街道Die alten Seidenstrassen zwischen China und Syrien》(1910)などによって普及。

出典:株式会社平凡社
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知恵蔵mini

シルクロード
中国と欧州を結ぶ古代の交易路の総称。英語で「絹の路」の意。この道を通って中国の生糸や絹製品が西方に運ばれていったことから、ドイツの地理学者リヒトホーフェン(1833~1905年)によって命名され、のちに英訳されて広まったとされる。中国を出てタリム盆地周辺のオアシス都市を経由し、パミール高原を越えて西アジアから地中海沿岸へと至る道で、数本の幹線路と各地を結びつける多数の支路がある。紀元前2世紀頃からおよそ1000年に渡って国際的な交易や文化の交流が行われた。2014年、中国の長安(現・西安)や洛陽から敦煌を経て中央アジアに至る全長約8700キロメートルのルートが国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産に登録された。
(2014-6-24)

出典:朝日新聞出版
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精選版 日本国語大辞典

シルク‐ロード
(Silk Road) (古代中国の特産の絹を西方の国々にもたらした通商路であったところからドイツの地理学者リヒトホーフェンが名づけたもの) 内陸アジアを横断して中国と西アジア・地中海沿岸地方を結んだ古代の通商路。中国の長安または洛陽に発し、タリム盆地を経由して西アジア・地中海沿岸に達する。紀元前二世紀末から開かれ、東西文化の交流に重要な役割を果たしたが、海上交通の発展に伴って衰えた。絹の道。

出典:精選版 日本国語大辞典
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