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シーア派【シーアは】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

シーア派
シーアは
Shī`ah
イスラム二大宗派の一つで,多数派スンニー派に対立する。元来はムハンマドのいとこで女婿でもあった第4代正統カリフアリーを支持する政治・宗教的党派をさしたが,アリー没後のウマイヤ朝の成立およびアリーの子フサイン一族の殉教いわゆるカルバラーの悲劇以降,イスラムの一宗派として発展,スンニー派を支持するウマイヤ朝,アッバース朝国家に対する反体制運動の宗教的よりどころとなった。十二イマーム派,イスマーイール派ザイド派カイサーン派がそれに属し,現在数は少いが,おもにイランを中心として行われている。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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知恵蔵

シーア派
スンニ(スンナ)派に次ぐイスラム教の宗派。ムスリム全体に占める割合は約15%に過ぎないが、国民の9割以上がシーア派であるイランのように、シーア派が多数を占める国もある。
シーア派とスンニ派の対立は、預言者ムハンマドの後継者問題に始まる。シーア派は、スンニ派が認めたアブ・バクルら第1~3代の指導者を正統な後継者(カリフ)とは考えず、第4代のアリーだけをムハンマドの宗教的権威を継ぐ最高指導者(イマーム)と崇め、その子孫も聖人化する。アリーはムハンマドの娘婿で従弟であり、シーア派はその血筋を重視したわけである。このことから「アリーの党派(シーアット・アリー)」と呼ばれ、その後シーアと略称されるようになった。ただし、イマームは聖典コーラン(クルアーン)の無謬(むびゅう)の解釈者ではあるが、ムハンマドのような預言者ではない。ムハンマドだけがアッラーの啓示を伝える預言者であり、また、メッカ、メディナ、エルサレムを三大聖地とする点でも、スンニ派と変わりない。
その後、シーア派内では誰をイマームと認めるかによって、ザイド派(5イマーム派)、イスマーイール派(7イマーム派)、12イマーム派に分かれた。現在の最大宗派は12イマーム派で、イランの国教にもなっている。 ザイド派はアラビア半島南部、イスマーイール派は南アジアと中央アジアに多い。なお、ファーティマ朝のハーキム(第6代カリフ)を神格化し、イスラム社会で異端視されているドルーズ派も、イスマーイール派から分かれた一派である。
国別に見ると、バーレーンイラク、アゼルバイジャンなども、シーア派が多数を占めている。また、レバノン南部やサウジアラビア東部にも信者が多い。レバノンを拠点に活動するヒズボラ(神の党)は、シーア派の原理主義組織である。
(大迫秀樹  フリー編集者 / 2011年)

出典:(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」

朝日新聞掲載「キーワード」

シーア派
全イスラム教徒の1割程度を占める。イラン、イラク中南部などに集まる。サウジ東部、バーレーンにも多い。第4代カリフのアリの系統を正統な指導者とする。アリの息子でカルバラで殺されたフセインを敬愛し、毎年、殉教の日を「アシューラ」、40日後を「アルバイン」として追悼行事を行う。
(2008-03-28 朝日新聞 夕刊 2総合)

出典:朝日新聞掲載「キーワード」

デジタル大辞泉

シーア‐は【シーア派】
《〈アラビア〉Shī'aは党派の意》イスラム教の宗派。スンニー派とともに信徒を二分するが、数の上では少ない。多くの分派に分かれるが、十二イマーム派が主流。預言者ムハンマドのいとこであり娘婿であるアリーとその後裔が信徒の指導者(イマーム)である、としてスンニー派と対立してきた。

出典:小学館
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世界大百科事典 第2版

シーアは【シーア派 Shī‘a】
スンナ派とともにイスラムを二分する一派で,預言者ムハンマドのいとこで女婿でもあるアリーを預言者の跡を継ぐべき者として奉ずるイスラム諸分派の総称(図)。シーアとは〈党派〉を意味する語で,本来,〈アリーを支持する党派Shī‘a ‘Alī〉の略称。ムハンマドは宗教的な預言者と教団指導者という二重の役割を一身で兼ねていたが,その死後前者の役割は閉ざされ,後者の役割は代理者たるカリフに継がれた。正統カリフには,スンナに従って,教団の有力者が代々選ばれた。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

シーアは【シーア派】
シーア(アラビア Shī‘a)は党の意
イスラム教の二大分派の一。ムハンマドの従兄弟で女婿のアリーとその子孫をイスラム教の最高指導者(イマーム)とする。アリーの系統に属さないカリフを正統と認めぬため、スンナ派と対立してきた。信徒はイスラム教徒の一割弱でイラン・レバノンなどに多い。 → スンナ派

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

シーア派
しーあは
Sh‘a
スンニー派とともにイスラム教を二分する諸分派の総称。スンニー派に比しその数は圧倒的に少ない。元来は、預言者ムハンマド(マホメット)の正当な後継者(カリフ)は彼の従兄弟(いとこ)で女婿のアリーのみであると主張する者たち、すなわち「シーア・アリー」(アリーの党派)を意味した。[鎌田 繁]

沿革

ムハンマドの没後、アブー・バクル、ウマル、ウスマーン、アリーを正統カリフとして承認した大多数の信者がスンニー派を形成したのに対し、シーア各派はアリーと彼に続くその子孫たちのみが正当な後継者、ムスリム共同体の最高指導者「イマーム」であると主張し、ウマイヤ朝政府にしばしば反乱を企てた。この政治的な分派活動はアリーの子孫のうちだれをイマームとして認め、どのような権能を与えるかという宗教論争を伴い、シーア派は多くの分派を生み出した。[鎌田 繁]

特徴

各派は独自の神学、法学を発展させているが、その神学は理性を重視する合理主義的傾向が強い。イマームには神に由来する秘教的知識や無謬(むびゅう)性という超自然的性格がさまざまな度合いで与えられ、その言行は神的権威をもつとされ、その位は神意に基づいた前任者の指名によって伝えられる。アリーの子フサインのカルバラーでの殉教が示すように、受難を救いへの一過程とみる傾向がある。現在はイマームは隠れているが将来ふたたび現れ、この世を正義で満たすというメシア思想や、古代オリエントのグノーシス主義や新プラトン主義を受容した神秘思想がみいだされる。[鎌田 繁]

分派

多くの分派があるが、代表的なものには、イランの国教でもっとも信者数の多い十二イマーム派、現在もアーガー・ハーン4世(在位1957~ )をイマームと仰ぐ支派が存続するイスマーイール派、イエメンに現在も存続するザイド派などがある。ザイド派はフサインの孫、ザイド・イブン・アリーを祖とし、カスピ海南岸に広まった一派である。スンニー派に近い穏健な教義をもち、ムハンマドの一族であること、有事に剣をとる能力、そして学識があることをイマームの条件としており、指名による相続の観念はない。合理主義的なムゥタジラ派神学の影響が強く、秘教的教説を拒む。このほか、シーア派の思想を母体にして発達した宗教や宗派には、シリアにおけるドルーズ教およびヌサイリー(アラウィー)派、イランにおけるアハレ・ハック(アリー・イラーヒー)派、バーブ教、それから生まれたバハーイ教などがある。[鎌田 繁]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

シーア‐は【シーア派】
〘名〙 (シーアはShīa 「仲間」の意) イスラムの一分派。分離派とも呼ばれ、スンニー派と対立。信徒は主にイラン、インド、イラク、イエメンの一部に散在するが、その数は全イスラム教徒の一割以下。カリフ選挙制を否認し、正統カリフを承認しない。

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