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スコット

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

スコット
Scott, Charles Prestwich
[生]1846.10.26. バス
[没]1932.1.1. マンチェスター
イギリスのジャーナリスト,新聞経営者。1869年にオックスフォード大学を出て,地方紙で 2年間働いたのち,1871年いとこの J.E.テーラーの経営していた新聞社『マンチェスター・ガーディアン』(のちの『ガーディアン』)に入社,1872年には 26歳で編集長となり,テーラーの死後は 1907年に同紙を買い取り 1929年まで社主を務め,一流紙に発展させた。スコットのもとで『マンチェスター・ガーディアン』は,ホイッグ党支持から自由党支持へとしだいに論調を変えた。自身も 1895~1906年ランカシャーから自由党の下院議員に選ばれた。

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スコット
Scott, David Randolph
[生]1932.6.6. サンアントニオ
アメリカの宇宙飛行士。陸軍士官学校卒業後,空軍に勤務。マサチューセッツ工科大学より航空工学修士学位を取得後,テストパイロットになり,1963年第3期宇宙飛行士の一人に選ばれた。 66年3月ジェミニ8号で N.アームストロングと地球を周回し,標的のアジェナ衛星とのランデブードッキングに成功。 69年3月にアポロ9号に J.マクディビット,R.シュウェイカート両飛行士と乗組み,地球を周回しながら,アポロ宇宙船のテストを行なった。次いで 71年7月にはアポロ 15号で J.アーウィン,A.ウォードン両飛行士とともに月に向い,月面車で調査旅行を行い,多くの貴重な資料を持帰った。

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スコット
Scott, Duncan Campbell
[生]1862.8.2. オタワ
[没]1947.12.19. オタワ
イギリス系カナダの詩人。地方主義詩人の代表者の一人。 50年以上インディアン行政官をつとめ,北部の荒々しい自然とインディアン保護地の生活を歌った。オタワの詩人ランプマン親友で,その影響を受けた。

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スコット
Scott, Sir Georges Gilbert
[生]1811.7.13. バッキンガムシャー,ガウコット
[没]1878.3.27. ロンドン
イギリスの建築家。ロンドンの建築家のもとで建築の修業を重ね,A.ピュージンの中世建築の研究に影響を受ける。 1840年初めてオックスフォードの殉教者記念館を設計,次いで 44年ハンブルクの聖ニコライ聖堂建立 (1845~63) の国際競技設計に入選,以来聖堂建築家として有名になった。 51年イタリア建築を研究。ビクトリア時代のゴシック・リバイバルの代表者となった。ロイヤル・アカデミー教授 (68~78) 。またイギリス王立建築家協会RIBAの会長もつとめた (73~76) 。ケンジントン・ガーデンのアルバート記念碑 (63~72) ,エディンバラのセント・メアリー聖堂 (74~79) など 500近い聖堂の建造,改築を手がけた。主著『世俗建築および住宅論』 Remarks on Secular and Domestic Architecture,Present and Future (58) 。息子のジョージ (39~97) ,ジョン・オルドリット (42~1913) はともに父の作風を受継いで,ゴシック様式を得意とした建築家。

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スコット
Scott, Hugh
[生]1900.11.11. バージニアフレデリックスバーグ
[没]1994.7.21. バージニア,ホールズチャーチ
アメリカの弁護士,政治家。ペンシルバニア,バージニア両大学に学んだのち,弁護士,地方副検事を経て,1940~42,44~58年下院議員。 59~77年上院議員。 69年 E.ダークセン上院議員の死去に伴い,共和党上院院内総務となった。著書『政界入りの方法』 How to Go into Politics (1949) ,『中国美術の黄金時代』 The Golden Age of Chinese Art (67) ほか。

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スコット
Scott, Marion McCarrell
[生]1843
[没]1922
アメリカ人の教育家。アメリカの近代的教育内容・方法を伝え,日本の初等教育の近代化の基礎づくりに貢献した。バージニア州に生まれ,サンフランシスコの教育局に勤務。 1871年大学南校 (東京大学の前身) の教師として訪日,翌 1872年師範学校の創設とともに教員養成に関する経歴を認められて同校教師に招聘され,アメリカの教育理論・実践に基づいて実物教授法,一斉教授法など近代的な教育方法を教員に伝習した。またアメリカの教科書,教材,教具などを取り寄せ,師範学校での教科書,教材の編集にも指導的役割を果たした。 1881年日本を去り,ハワイでハイスクールの校長として 1919年まで在任した。 (→実物教授 )

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スコット
Scott, Robert Falcon
[生]1868.6.6. デボンシャー
[没]1912.3.29? 南極大陸
イギリスの南極探検家。海軍大佐。 1901年イギリスのロイヤル・ソサエティと王立地理学会の支持でイギリス遠征隊の指揮者となり,『ディスカバリー』号で南極探検に出発。マクマード湾を基地として,エドワード7世半島を発見したのち,02年 12月南緯 82°17′の地点まで達したが,氷雪にはばまれて帰国。再び南極点への到達を志し,10年『テラノバ』号で大遠征に出発し,R.アムンゼンに遅れること 34日,12年1月 17日に南極点に達した。しかし,帰途4人の同行者とともに遭難,日誌への3月 29日の記入を最後に極地雪原のテントの中でその生涯を終えた。テントは同年 11月 12日発見された。著書に"The Voyage of the Discovery" (1905) ,"Scott's Last Expedition" (13) 。

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スコット
Scott, Sir Walter
[生]1771.8.15. エディンバラ
[没]1832.9.21. ロックスバラ,アボッツフォード
スコットランド生れのイギリスの詩人,小説家。最初法律家として世に出たが,イングランドとの国境地帯に伝わる伝説や民謡に興味をもち,これを収集出版した。処女作は物語詩『最後の吟遊詩人の歌』 The Lay of the Last Minstrel (1805) ,以後『湖上の美人』 The Lady of the Lake (10) などを発表したが,散文に転じてロマンチックな歴史小説 (→歴史文学 ) を書いた。『ウェーバリー』 Waverley (14) ,『ガイ・マナリング』 Guy Mannering (15) ,『ミドロージアンの心臓』 The Heart of Midlothian (18) ,『アイバンホー』 Ivanhoe (20) ,『ケニルワース』 Kenilworth (21) などの作品で広い読者層をつかみ,ヨーロッパでも名声を博した。

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スコット
Scott, Winfield
[生]1786.6.13. バージニア,ピーターズバーグ
[没]1866.5.29. ニューヨーク,ウェストポイント
アメリカの陸軍軍人。アメリカ=イギリス戦争 (1812) に参加し,ナイアガラ付近で戦う。 1838年チェロキー族インディアンの強制移住を監督。 41~61年連邦陸軍総司令官。アメリカ=メキシコ戦争総司令官として,47年9月メキシコシティーを占領戦争を終結させた。 52年ホイッグ党より大統領候補に指名された。 61年4月南北戦争勃発時には連邦軍の指揮をとったが,11月に高齢のため引退

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スコット
Scott, Ridley
[生]1937.11.30. ダラム
イギリスの映画監督。視覚に訴える手法と細部まで凝った作品のつくり手として称賛された。イングランドのウェストハートルプールで育ち,ウェストハートルプール美術大学を経てロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートで学んだ。イギリスのテレビ界で舞台装置と演出の仕事に携わっていたが,1967年からコマーシャルの監督に転じ,自社で 2000本以上の作品を制作した。コマーシャル制作では映像を重視し,独特の雰囲気をかもし出す照明効果にこだわった。この手法は映画監督となった 1977年以降もスコットの特徴となった。映画の第一作『デュエリスト―決闘者―』The Duellists(1977)はカンヌ国際映画祭で新人監督賞を受賞。SF作品の『エイリアン』Alien(1979),『ブレードランナー』Blade Runner(1982),『レジェンド/光と闇の伝説』Legend(1985)を撮ったのち舞台を現代に移し,『誰かに見られてる』Someone to Watch Over Me(1987)や『ブラック・レイン』Black Rain(1989)などで再び映像の名手として称賛された。『テルマ&ルイーズ』Thelma and Louise (1991)以後低迷したが,『グラディエーター』Gladiator (2000,アカデミー賞作品賞),『ハンニバル』Hannibal(2001),『ブラックホーク・ダウン』Black Hawk Down(2001),『アメリカン・ギャングスター』American Gangster(2007)など話題作を発表した。

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スコット
Scott, George C.
[生]1927.10.18. バージニア,ワイズ
[没]1999.9.22. カリフォルニア,ウェストレークビレッジ
アメリカ合衆国の映画俳優。フルネーム George Campbell Scott。約 40年間にわたり,圧倒的な存在感としゃがれ声を武器に個性豊かな人物たちを演じた。バージニア州で生まれたが,幼い頃からミシガン州デトロイト近郊で暮らした。1940年代後半に海兵隊に 4年間所属したのち,ミズーリ大学でジャーナリズムと演劇を学んだ。演技の才能がないと思い込み機械工として働いていた 1957年,ジョゼフ・パップ演出のシェークスピア劇『リチャード3世』Richard IIIで主役に抜擢され,批評家に高く評価された。1959年映画界にデビューし,『或る殺人』Anatomy of a Murder(1959)でアカデミー賞助演男優賞候補になった。『ハスラー』The Hustler(1961)で再び助演男優賞候補となったが,ノミネートの拒否を表明。その後もその方針を貫き,スタンリー・キューブリック監督の『博士の異常な愛情』Dr. Strangelove(1964)では名演を披露したにもかかわらず,ノミネートさえされなかった。最大のはまり役となったのは,『パットン大戦車軍団』Patton(1970)で演じたジョージ・S.パットン大将役。あまりにもみごとな演技であったため,受賞拒否を表明したにもかかわらずアカデミー賞主演男優賞に選ばれた。

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デジタル大辞泉

スコット(Robert Falcon Scott)
[1868~1912]英国の探検家。二度目の南極探検で、1912年1月に南極点に達したがアムンゼンに遅れ、帰途遭難死。記録「探検航海」など。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
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スコット(Walter Scott)
[1771~1832]英国の詩人・小説家。スコットランド民謡・伝説に基づく物語詩や歴史小説を書いた。物語詩「湖上の美人」、小説「ウェーバリー」「アイバンホー」など。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

スコット Scott, Marion McCarrell
1843-1922 アメリカの教育者。
1843年8月21日生まれ。明治4年(1871)大学南校教師として来日。翌年東京に創設された師範学校にうつり,欧米式の学級一斉教授法を紹介,師範教育制度の制定につとめた。8年東京英語学校(一高の前身)英語教師。14年帰国。ハワイで死去。享年79歳。バージニア大卒。

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界の祭り・イベントガイド

スコット【Sukkot<ヘブライ>】
イスラエルで開催されるユダヤ教の行事。はるか昔、出エジプト荒野を流浪したときに小さなを作って7日間過ごしたことを忘れないように、人々は家の屋上などに簡素な庵をつくって8日間暮らす。この期間は祝日となる。多くのユダヤ教徒がエルサレムに集まり、町は賑わう。観光客用の庵風休憩所もある。開催時期は毎年10月頃だが、太陰太陽暦祭りであるため、祝日がいつかは決まっていない。◇「仮庵の祭り」ともいう。

出典:講談社
(C)Kodansha 2011.
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世界大百科事典 第2版

スコット【Charles Prestwich Scott】
1846‐1932
イギリスジャーナリスト。1871年2月,オックスフォード大学卒業後,《スコッツマン》紙の記者を経て,いとこのテーラーJohn Edward Taylorの経営していた《マンチェスター・ガーディアン》(のちの《ガーディアン》)に入り,72年25歳で編集長。グラッドストンリベラリズム共鳴,同紙をリベラル左派の高級紙に育成して全国的な声価を確立する。1905年テーラーの死後は同紙を買いとり,名実ともに支配者となった。

出典:株式会社平凡社
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スコット【George Gilbert Scott】
1811‐78
イギリス,ビクトリア朝時代の代表的建築家。バッキンガムシャーのゴーコット生れ。1844年ハンブルクの教会設計競技に入賞し,国際的名声を獲得。ピュージンに傾倒してゴシック様式の普及に努め,実際に建設された作品が教会堂を中心に900を超す多作で知られる。イーリーその他の大聖堂の修復では復元主義を強固に推し進めたため,後にW.モリスらの批判を浴びた。代表作はイタリア・ルネサンス風の外務省庁舎(ロンドン,1873),ゴシック・リバイバルの世俗建築では最大の規模といわれるセント・パンクラス駅およびホテル(ロンドン,1874)。

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スコット【Michael Scot】
12世紀後半から13世紀前半にかけて,アラビア学問の移入に寄与したイギリス人グループの一人。生没年不詳。スコットランド出身。当時すぐれたアラビア学問の宝庫だったトレドに,さらにはシチリア島のフリードリヒ2世のもとに来て翻訳者として活躍した。とくにアリストテレスの動物学,アベロエス(イブン・ルシュド)の注釈付き天体論,ビトルージーの天文書などをラテン語に翻訳した意義は大きい。【大槻 真一郎】

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スコット【Marion McCarrell Scott】
1843‐1922
明治初年に英語教師として来日し,日本最初の師範学校で欧米式の公教育教授を初めて指導したアメリカ人教師。日本近代教育方法史上の開拓者とされる。バージニア州に生まれ,南北戦争中にバージニア大学を卒業,のちカリフォルニア州に移り同州の教育行政事務やグラマー・スクールの校長となる。アメリカ駐在少弁務使の森有礼推挙により,1871年(明治4)9月大学南校(東京大学の一源流)の英語教師として来日した。翌72年〈学制〉により全国に学校制度を施行するのに先立って,小学校教員養成のモデル校として創設された師範学校(東京,東京高等師範学校の源流)へただ一人の教師として招かれた。

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スコット【Robert Falcon Scott】
1868‐1912
イギリスの南極探検家。イングランドデボンポートに酒造家の長男として生まれた。父の強制で海軍士官となったが,国家的計画の南極探検隊長に選ばれ,1901‐04年ディスカバリー号でロス海に入り,科学調査を続けた。02年E.H.シャックルトンらと犬ぞりで南極点を目ざし,12月30日南緯82゜17′に達したが,壊血病と凍傷を負い帰船した。帰国して大佐に昇進,英雄視された。重症のため中途送還されたシャックルトンが09年極点に迫る探検を果たすと,スコットは退官して極点初征服を掲げて資金を集め,10年機帆船テラ・ノバ号で再びロス海に入った。

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スコット【Walter Scott】
1771‐1832
イギリスの小説家,詩人。スコットランドのエジンバラ名門の弁護士の子として生まれ,幼時小児麻痺のため片足が不自由になったが,かえって古い伝説や物語にロマンティックな空想をはせる性癖を養った。エジンバラ大学卒業後弁護士となり,かたわら古民謡の採集に熱中,《スコットランド国境地方古謡集》3巻(1802‐03)を出版し,古歌謡の形を模した《最後の吟遊詩人の歌》(1805)で詩人としての名声を確立した。《マーミオン》(1808),《湖上の美人》(1810)などスコットランドの過去に取材したロマンティックな物語詩で文名はますます上がった。

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367日誕生日大事典

スコット
生年月日:1843年8月21日
アメリカの教育者
1922年

出典:日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」
(C) Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
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精選版 日本国語大辞典

スコット
[一] (Sir Walter Scott サー=ウォルター━) イギリスの詩人、小説家。スコットランドの歴史、伝説に取材したロマンチックな物語詩、歴史小説を多数残し、ユーゴー、デュマ(父)、スタンダールらに影響を与えた。代表作に「湖上の美人」「アイバンホー」など。(一七七一‐一八三二
[二] (Robert Falcon Scott ロバート=ファルコン━) イギリスの探検家。一九〇一~〇四年、第一次の南極探検。一〇年に二度目の南極探検に赴き、一二年一月一八日、アムンゼンに一月おくれて極点に到達。帰路、遭難して死亡。(一八六八‐一九一二

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