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スーダン

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

スーダン
The Sudan
正式名称 スーダン共和国 Jumhūriyyat al-Sūdān。
面積 184万4797km2
人口 3484万8000(2013推計)。
首都 ハルツーム

アフリカ北東部に位置する国。北はエジプト,東はエチオピア,エリトリア,南は南スーダン,西は中央アフリカ共和国,チャド,北西はリビアに接し,北東は紅海に臨む。ナイル川上流のブルーナイル川ホワイトナイル川流域を占め,総じて標高 200~500mの高原上に位置する。最高点は西部のマッラ山(3088m)。北部サハラ砂漠からサバナ地帯を経て,南方の高温多湿の熱帯雨林地帯にいたる。年間降水量は北部で 100~200mm,南部で 500~750mm。ハルツームの気温は 1月 23℃,7月 32℃。前8世紀頃から黒人のクシュ王国が栄えたが,5世紀から 13世紀にかけてアラブ人が流入し,イスラム化が進行した。1820年エジプトに占領され,1899年イギリス=エジプトの共同統治領アングロ・エジプト・スーダンとなった。1956年にスーダン共和国として独立。住民はセム系のアラブ人,ハム系のヌビア人ベジャ族などがいる。イスラム教が国教で,アラビア語と英語が公用語であるが,固有の宗教,言語をもつ部族も多い。内戦終結後,南部で油田の開発が進み,石油が主要輸出品目。ほかに家畜,ワタ,アラビアゴム,ゴマなどを輸出する。1958年以来,軍部クーデターによる政変が相次ぎ,1969~85年民主共和国。また南部黒人による「北部の支配からの解放」を目指す武装闘争が続き,1972年に一応の終息をみたが,1980年代半ばに再燃。さらに 1980年代後半から 1990年代にかけて干魃などによる飢饉に直面し,南部の北部不信は強く,農業生産の回復と国民的統一が最大の政治的課題であった。2005年1月に結ばれた和平協定に基づき南部は自治を獲得,2011年1月,北部からの完全独立の是非を問う住民投票を実施し,圧倒的多数の賛成を得た。2011年7月9日,南部は南スーダンとして独立を宣言した。(→スーダン内戦

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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朝日新聞掲載「キーワード」

スーダン
英国とエジプトによる共同統治を経て1956年に独立したが、北部が拠点のアラブ系イスラム教徒主導の中央政府と、キリスト教徒主体の南部が対立衝突を繰り返した。中央政府が南部の開発を進めず、イスラム法を強制したため83年に内戦が再燃、2005年に包括和平合意が結ばれ終結した。今年1月、南部独立の是非を問う住民投票が行われ、分離・独立が決まった。人口は全体で約4200万人。南部は推定800万人。南部には有望な油田が点在している。
(2011-07-07 朝日新聞 朝刊 1総合)

出典:朝日新聞掲載「キーワード」

世界大百科事典 第2版

スーダン【Sūdān】
正式名称=スーダン民主共和国al‐Jumhūrīya al‐Sūdānīya al‐Dimqurātīya∥Democratic Republic of the Sudan面積=250万3890km2人口(1996)=3106万人首都=ハルトゥームal‐Khartūm(日本との時差=-7時間)主要言語=アラビア語,ディンカ語,ヌエル語ほか通貨=スーダン・ポンドSudanese Poundアフリカ北東部,ナイル川の上・中流域に広がる共和国。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

スーダン【Sudan】
アフリカ大陸のうち、サハラ砂漠以南、コンゴ盆地以北の地域の総称。
アフリカ北東部、ナイル川の中流域を占める共和国。中央部で白ナイルと青ナイルが合流する。綿花・アラビアゴムを産出。1956年イギリス・エジプト共同統治領から独立。住民は主に北部はアラブ人、南部は黒人。主要言語はアラビア語・英語。首都ハルツーム。面積250万6千平方キロメートル。アフリカ最大面積の国。人口3620万( 2005)。正称、スーダン共和国。 蘇丹とも当てた

出典:三省堂
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精選版 日本国語大辞典

スーダン
(Sudan)
[一] 地中海沿岸を除くサハラ砂漠以南、コンゴ盆地以北のアフリカを、アラビア人がさして用いた呼称。また、ヨーロッパ人の地域概念としては、かつてのフランス領スーダン(マリ共和国)と現在のスーダン共和国とを結ぶ東西に長い帯状の地域を意味する。
[二] (「スーダン共和国」の略) アフリカ北東部にある共和国。ナイル川の上・中流域を占め、北東部は紅海に臨み、西側にリビア砂漠が広がる。一九五六年、イギリス・エジプトの共同統治領から独立。農業を主とする。首都ハルツーム。

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社世界史事典 三訂版

スーダン
Sudan
アフリカ北東部,ナイル川の上流にある共和国。首都ハルツーム
スーダンとは「黒人の土地」の意。1821年にエジプトのムハンマド=アリーに征服され,70年代からイギリスの影響下にはいった。1881年からイスラーム教徒による反英抵抗運動のマフディーの反乱がおきたが,ファショダ事件ののち,99年イギリス・エジプトの共同統治領となった。1952年のエジプト革命後共同統治が終了し,54年スーダン自治政府が成立,56年独立してスーダン共和国となった。1958年に軍事政権が発足したが,64年民政に復帰。1969年のクーデタで革命評議会が全権を握り,71年に革命評議会は解散,ヌメイリ議長が大統領に就任した。1983年厳格なイスラーム法を全面導入するが,85年軍事クーデタが起こり,ヌメイリ大統領が追放される。翌年の民政復帰後も,北部のアラブ人と南部の黒人の対立や1984年以来の干ばつなどで経済が悪化。その後も政治的混乱が続き,1989年のクーデタ後に成立したバシル政権はイスラーム復古を基本政策とし,91年には南部3州を除く全土にイスラーム法にもとづく新刑法を施行。こうした動きに対して南部黒人勢力は強く反発し,スーダン人民解放軍(SPLA)のゲリラ活動が展開されている。1996年の大統領選挙でバシルが圧勝するが,野党はボイコットし,内戦も拡大。1999年時点でも内戦は終息していない。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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