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ズデーテン

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ズデーテン
Sudeten
チェコ西部のドイツと接する地域。13世紀頃からドイツ人の入植が始まり,ボヘミア王国(→ボヘミア)の経済発展に寄与した。ドイツ人はチェコ内で特権的階層を形成していたが,チェコ人ブルジョアジーが台頭してくる 19世紀後半には両者対立がみられるようになり,1918年チェコスロバキア共和国成立後はズデーテン・ドイツ人の自治要求運動も活発になった。アドルフ・ヒトラーは,ズデーテン・ドイツ人救済を口実にこの地域の併合を要求し,イギリスフランスはヒトラーの野心を一時的に満足させるため,ミュンヘン会談(1938.9.)でこれに応じ,チェコスロバキアは国土の 3分の1と産業の 40%を失った。この領土割譲以後ヒトラーはさらに領土拡大へ進み,第2次世界大戦へと発展した。ドイツの敗戦後,チェコスロバキアへ返還され,ドイツ人約 250万人は主としてドイツ連邦共和国(西ドイツ)へ移住した(→ドイツ統一問題)。1993年1月のチェコとスロバキア分離後はチェコ領となった。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

ズデーテン(〈ドイツ〉Sudeten)
チェコ北東部の、かつてのドイツ人居住地域。1938年のヒトラーによるドイツへの併合は第二次大戦誘因ともなった。

出典:小学館
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世界大百科事典 第2版

ズデーテン【Sudeten】
チェコ北部,ドイツ,ポーランドと接する地域の呼称。チェコ語ではスデーティSudety。名称は,チェコ北部一帯に広がるズデーテン山地に由来する。ズデーテン地方を指す範囲は時期によって異なるが,大別すると(1)チェコ北部のドイツ人居住地域,(2)ドイツ人とチェコ人のすべての混在地域,をさす。ただし1938年9月のミュンヘン協定以降は,ドイツの第三帝国に編入された地域を,39年3月チェコ自体がドイツ第三帝国に併合されてから45年まではズデーテン・ガウまたはガウ・ズデーテンと呼ばれる三日月形のチェコ縁辺地帯をさす。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

ズデーテン【Sudeten】

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日本大百科全書(ニッポニカ)

ズデーテン
ずでーてん
Sudeten
チェコ北部の、ドイツ、ポーランドと接する地域の歴史的呼称。名称は、チェコ北部一帯に広がるズデーテン(スデティ)山脈に由来する。ズデーテンはドイツ語名で、チェコ語名ではスデティSudety。ズデーテン地方をさす範囲は時期によって異なるが、大別すると、チェコ北部のドイツ人居住地域、ドイツ人とチェコ人の混在地域すべてをさす。ただし、1938年9月のミュンヘン会談以降はドイツの第三帝国に編入された地域をさし、39年3月チェコ全体がドイツ第三帝国に併合されてから45年まではモラビア北東部のオストラバからボヘミア西部のドマジュリシェにいたる三日月形の緑辺地帯がズデーテン・ガウ(管区)またはガウ・ズデーテンとよばれた。金、銀、銅、鉄、石炭、ニッケルなどの鉱物資源が豊富である。
 チェコに住むドイツ人は元来ボヘミア系ドイツ人、あるいはドイツ系ボヘミア人とよばれていたが、1910年以降、ドイツ人居住地域の連帯意識、民族意識を高めるズデーテン・ドイツ人なる名称が使われ始め、第一次世界大戦後に一般化した。彼らの起源は古く13世紀に隆盛を迎えたドイツ人の東方植民時代にさかのぼる。チェコを中核としたボヘミア王国の歴代の王侯は、財政基盤の確立を図るためにドイツ人農民、職人、商人の入植を奨励し、彼らに特権を与え、鉱山法、都市法などで彼らを保護した。このため人口で勝るチェコ人との間に政治的闘争が起こるが、経済力をもつドイツ人の支配が強まっていった。ことに17世紀以降、オーストリア・ハプスブルク家のドイツ化政策のなかで、ボヘミア王国内のドイツ人の優位は決定的となった。19世紀前半、スラブ系諸民族の先頭にたって進めたチェコ人の民族再生運動は、言語・文学運動から、ドイツ人との政治闘争に発展し、19世紀後半には深刻な民族的対立が至る所で引き起こされた。ズデーテン問題とよばれるこの対立は、その後長く尾を引くことになった。[稲野 強]

ズデーテン問題

1918年、オーストリア・ハンガリー(ハプスブルク)帝国(1867~1918)の解体に伴いチェコスロバキア共和国が成立したが、ドイツとオーストリア国境地域には312万人(1921年の統計では同国人口の約23%)のドイツ系住民が居住していた。新共和国の独立に不満をもつズデーテン・ドイツ人は共和国のなかで自治を求め、33年にドイツでヒトラーが政権につくとヘンライン率いるズデーテン・ドイツ人党を中心にナチス・ドイツとのつながりを深めていった。38年に至るとヒトラーはズデーテン地方のドイツへの編入を要求し、同年9月のミュンヘン会談の結果、ズデーテン地方はドイツに割譲された。その後、39年3月にドイツは残っていたチェコ地方を保護領とし、スロバキアはドイツの傀儡(かいらい)国家として独立した。
 1945年にチェコスロバキアが解放されると、大統領ベネシュは連合国の同意の下でズデーテン・ドイツ人の追放を決定し、反ナチス闘争に参加したごく少数を例外として、ズデーテン・ドイツ人は強制的にドイツに移住させられた。追放されたドイツ人はドイツ連邦共和国(西ドイツ)において権利の回復や補償を求める運動を継続し、その結果、西ドイツとチェコスロバキアの間には緊張関係が続いた。
 1989年末にチェコスロバキアで共産党体制が崩壊すると、この問題をめぐる和解交渉が始まり、90年の東西ドイツ統一、93年のチェコとスロバキアの分離を経たあと、97年1月にドイツとチェコの間で和解宣言が正式調印された。この宣言においてドイツはミュンヘン会談以降の領土併合や占領で生じたチェコ人犠牲者について責任を認め、これを謝罪し、他方、チェコ側も戦後のズデーテン・ドイツ人追放について謝罪を行った。あわせて、両国は共通の利益を促進するための未来基金設立で合意し、またドイツはチェコのヨーロッパ連合加盟を支持すると約束した。この宣言によってこの問題はいちおうの結論が出たといえるが、なおズデーテン・ドイツ人に対する補償問題では双方に解釈の相違もみられ、問題を残した。[林 忠行]
『矢田俊隆著『ハンガリー・チェコスロヴァキア現代史』(1978・山川出版社) ▽綱川政則著『ヒトラーとミュンヘン協定』(教育社歴史新書) ▽永井清彦著『国境をこえるドイツ』(講談社現代新書) ▽南塚信吾編『ドナウ・ヨーロッパ史』(1999・山川出版社)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

ズデーテン
(Sudeten) チェコ北西部の地域名。かつてはドイツ人の居住していたボヘミア、モラビアの地域を含めて呼ばれた。一九三八年ドイツに編入され、第二次世界大戦後チェコスロバキアに返還された。チェコ語名スデティ。

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社世界史事典 三訂版

ズデーテン
Sudeten
チェコ北部・ポーランド・ドイツの国境の丘陵地帯
長くオーストリア−ハンガリー帝国に属し,第一次世界大戦後,チェコスロヴァキア領となり,領内のドイツ人とチェコ人は共存することになった。ヒトラーはズデーテン−ドイツ人党を操り,チェコを強圧して1938年この地を併合,ミュンヘン会談によってイギリス・フランスもこれを承認(ズデーテン問題)した。第二次世界大戦後,再びチェコ領となった。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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