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セザンヌ(年譜)【せざんぬねんぷ】

日本大百科全書(ニッポニカ)

セザンヌ(年譜)
せざんぬねんぷ

1839 1月19日、南フランス、エクサン・プロバンスに裕福な帽子商の長男として生まれる
1852 生地エクスの中学校に入学。ここでゾラと知り合う
1858 11月、大学入学資格を得て、エクスの法科大学に入学。のち中退
1861 4~9月、画家となるために、初めてパリに出る。アカデミー・スイスに通う。ここでピサロ、ギヨーマンと知り合う。その後パリとエクスに交互に暮らす
1869 ほとんどパリで過ごし、のちに妻となるオルタンス・フィスケを知る。『黒大理石の置時計のある静物』(~1870年)
1872 1月4日、息子ポール誕生
1873 オベール・シュル・オワーズでピサロらと制作。印象主義を教えられる。『首つりの家』制作
1874 第1回印象派展に出品
1875 『ショケ像』制作
1876 『エスタックの海』制作。しだいに印象主義的傾向を深める
1877 第3回印象派展に出品したが、悪評を受け、以後同展には不参加
1882 2月、サロンに初入選
1883 以後主としてエスタックで制作。『青い花瓶』(~1887年)
1885 8月、エクスとガルタンスに住む。『松の木のあるサント・ビクトワール山』の連作はじまる
1886 4月、ゾラの小説『制作』が発表され、ゾラとの友情が終わる。オルタンスと正式に結婚。10月、父が死去、莫大な遺産を残す
1890 『赤いチョッキの少年』(~1895年)
1891 『トランプをする人びと』連作に着手
1895 11~12月、ボラールにより初の個展開催。好評を得る
1898 『大水浴図』(~1905年)
1899 アンデパンダン展に初めて出品し、名声が急速に高まる
1905 サロン・ドートンヌに『大水浴図』ほか10点を出品。論議をよぶ
1906 10月15日、戸外で制作中、雷雨にあい、肺炎にかかる。10月22日死去

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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