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ティチング

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ティチング
Titsingh, Izaak
[生]1745.1頃.アムステルダム
[没]1812.2.9. パリ
オランダの外科医,長崎出島のオランダ商館長,遣清特使。医学を修め,東インド会社に入り,1768年バタビアに赴任。 79~80,81~83,84年と長崎出島の商館長 (カピタン) をつとめ,その間2度江戸に参府した。 84年バタビアに戻り,85~92年インドのベンガル長官,92~95年バタビア評議員,その間 94年遣清使節として北京を訪れ乾隆帝に謁した。 1801年オランダに帰国,まもなくパリに移住,東洋学者として名をなした。東洋滞在 29年,日本に最も関心が厚く,蘭医中川淳庵,桂川甫周らと親交を結んだ。彼が持帰った『三国通覧図説』 (林子平著) はドイツ人 H.クラプロートによるフランス語訳が刊行された。主著『日本風俗図誌』 (1822) などがある。

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世界大百科事典 第2版

ティチング【Isaac Titsingh】
1744‐1812
江戸後期に来日したオランダ人。1761年オランダ東インド会社に入社。79年(安永8)出島のオランダ商館長となり来日。84年まで1年交替で3度来日,80,82年の2回江戸参府。インドのベンガルのチンシュラの商館長,会社の理事,遣清大使(1794)を務めた。95年帰国。パリで客死。朽木昌綱,中川淳庵,吉雄耕牛らと親交があり,彼の日本研究のうち《日本風俗図誌》が《新異国叢書》に収録されている。【片桐 一男

出典:株式会社平凡社
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