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テルミドールの反動【テルミドールノハンドウ】

デジタル大辞泉

テルミドール‐の‐はんどう【テルミドールの反動】
《〈フランス〉thermidorは「熱月」の革命暦の第11月》1794年7月27日(テルミドール9日)、フランス革命政府を支配していたロベスピエール派がクーデターで倒れ、ロベスピエールらが処刑された事件。これにより、恐怖政治が終わり、反動期に入ったとされる。

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世界大百科事典 第2版

てるみどーるのはんどう【テルミドールの反動】

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日本大百科全書(ニッポニカ)

テルミドールの反動
てるみどーるのはんどう
Réaction thermidorienne フランス語

フランス革命においてモンターニュ派(山岳派)の中心として政権を握っていたロベスピエール派を没落させた1794年のクーデターと、これを契機とする革命の急進化の終結をいう。クーデターが革命暦によるテルミドール(熱月)9日(7月27日)に起こったのでこの名があり、「テルミドール」は革命の終結へ向かう「反動」を意味することとなった。ロベスピエール派の没落の原因としては、公安委員会内部におけるロベスピエール派と反対派との対立、公安委員会と保安委員会という二大独裁機関相互の対立もあるが、それらも、内乱が鎮静化し、フルーリュスの戦勝(1794)による外戦の好転によって革命への危機が薄らいだ、という条件のもとで、公安委員会の小ブルジョア(サン・キュロット)独裁の緩和の要求が強まったという状況に対応するものであった。このような状況はまた、それまで独裁を甘受していた議会内のブルジョア的党派(すなわち沼沢派とか平原派とよばれた中道派とジロンド派の残党)の反抗を呼び起こし、しかも、エベール派の弾圧や恐怖政治そのものによってサン・キュロットの活力がそがれており、土地を得た農民も保守化しており、全体的にロベスピエール派への支持が低下していたことが、クーデターの成功を許すことにもなった。クーデターを起こした勢力は初め独裁の緩和のみを目ざしたが、とうとうたる反動の進行を止めえなかった。

[樋口謹一]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

テルミドール‐の‐はんどう【テルミドールの反動】
(テルミドールはthermidor 一一月の意) フランス革命期、革命暦第二年テルミドール(熱月)九日(一七九四年七月二七日)のクーデターによる反動政治。議会中間派のブルジョアジー、ジロンド派およびダントン派残党のクーデターで、ロベスピエール派独裁を崩壊させ処刑した事件。一七九五年一〇月の総裁政府成立まで続く。

出典:精選版 日本国語大辞典
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