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ディドロ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ディドロ
Diderot, Denis
[生]1713.10.5. ラングル
[没]1784.7.30. パリ
フランスの哲学者,文学者。刃物師の家に生れ,1729年パリに出て,パリ大学で学んだのち,同地で放浪生活をおくり,J.-J.ルソー,F.M.グリム,ドルバック,コンディヤックらと知合う。 45年よりダランベールとともに編纂,出版した『百科全書』 Encyclopédie (1751~72) は啓蒙思想の歴史上画期的業績となった。思想的にはシャフツベリー伯の影響下に啓示を認める理神論から出発,唯物論に向った。また,小説,戯曲を書き,古典劇に対して「市民劇drame bourgeoisを主張。芸術論にもすぐれた業績を残した。著書に『哲学断想』 Pensées philosophiques (46) ,『盲人書簡』 Lettre sur les aveugles (49) ,『自然の解釈に関する考察』 Pensées sur l'interprétation de la nature (54) ,『ダランベールの夢』 Le Rêve de d'Alembert (69作,1830刊) ,小説『ラモーの甥』 Le Neveu de Rameau (1761~74作,完本 1891刊) など。

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ディドロ
Didelot, Charles-Louis
[生]1767. ストックホルム
[没]1837.11.7. キエフ
フランスの舞踊家振付師スウェーデン王立バレエ団の振付師であった父の手ほどきを受け,パリ・オペラ座バレエ学校に学ぶ。 1790年同バレエ団でデビュー後,A.ベストリス,J.ノベールに師事し,以来 M.ギマールの相手役をつとめた。 1801~11年ペテルブルグ帝室バレエ団の振付師を経て,ロンドンやパリで活躍。 16年ロシアへ戻り,帝室バレエ学校の校長に就任,バレエ教育の発展に尽力し,ロシア・バレエ界の基礎を築いた。また女性用色タイツ採用などの衣装改革や跳躍のステップを考案したことでも知られる。代表的な振付作品は『フローラとゼフィール』 (1796) ,『コーカサスの捕虜』 (1823) など。

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デジタル大辞泉

ディドロ(Denis Diderot)
[1713~1784]フランスの啓蒙思想家・作家。ダランベールとともに「百科全書」を編集・刊行。機械論唯物論の立場に立ち、広い分野にわたって著作を行った。哲学的著作「自然解釈断想」、小説「ラモーの甥」、戯曲「私生児」など。

出典:小学館
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世界大百科事典 第2版

ディドロ【Denis Diderot】
1713‐84
フランスの思想家,文学者。シャンパーニュ地方ラングルの富裕な刃物師の家に生まれる。パリの高等学校で学んだあと,遊民的生活に身を投じ,住み込み家庭教師,数学の出張教授,説教文の代作などのアルバイトで最低限度の生活を維持しながら,将来の知的発展の素地を形成する。数学・自然科学・英語の勉強,哲学書文学書の乱読,演劇への熱狂,社会の観察,無名時代のルソー,コンディヤックたちとの交際と,新しい思想を求めての知的会話。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

ディドロ【Denis Diderot】
1713~1784 フランスの思想家・小説家。ダランベールらと「百科全書」の編集・出版に当たる。イギリスの経験論に多くを学ぶが、のち無神論的・唯物論的思想をもつに至る。著、小説「運命論者ジャック」「ラモーの甥」など。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

ディドロ
でぃどろ
Denis Diderot
(1713―1784)
フランスの啓蒙(けいもう)思想家。シャンパーニュ地方のラングルで10月5日に生まれる。聖職者になるべく生地のイエズス会系の学校で教育を受けるが、パリへ遊学し、1732年にはパリ大学から教養学士(メートル・エス・アール)の称号を受けた。その後の約10年間、定職につかず苦学を続け、数学と英語の修得に没頭しながらも、家庭教師などで生計を支えた。1743年には、父の反対を押し切ってアンヌ・トアネット・シャンピオンAnne Toinette Champion(1710―1796)と秘密結婚した。このころから英語の読解力を生かしてギリシア史や医学辞典の翻訳に携わり、1745年には、初期のディドロに多大の影響を与えたイギリスの哲学者シャフツベリ伯(3世)の『人間の真価と徳に関する試論』(1699)をフランス語に自由訳し、出版した。[市川慎一]

『百科全書』に着手

そのころ、イギリスで好評を博したチェンバーズ編の百科事典『サイクロピーディア』Cyclopdia(初版1728年)のフランス語訳刊行を企画したル・ブルトンAndr Le Breton(1708―1779)の依頼で、彼は、親友で著名な数学者ダランベールを誘い、これに参画した。当初、両人は編集の下働きにすぎなかったが、監修者の更迭と企画変更に伴い、ディドロとダランベールは、フランス人によるオリジナルな『百科全書』L'Encyclopdieの刊行に着手した。1751年の第1巻から本文17巻、図版11巻、計28巻の刊行(1772)まで、ディドロは『百科全書』の完成に心血を注いだので、彼の一生の大半は文字どおり、世紀のこの大事業に捧(ささ)げられたといえよう。
 『百科全書』の責任編集を続ける一方で、彼は哲学的には有神論から無神論へ傾斜しつつあったが、1749年に、匿名で刊行した『盲人に関する書簡』Lettre sur les Aveugles l'usage de ceux qui voientのために、危険思想の持ち主としてパリ郊外のバンセンヌの監房に投獄された。哲学上の著作としては、言語機能と美学の諸問題を扱った『聾唖(ろうあ)者に関する書簡』Lettre sur les sourds et les muets(1751)、思弁的学問よりも実験的学問の優位を説いた『自然の解釈に関する思索』Penses sur l'Interprtation de la Nature(1753)を経て、彼の唯物論への傾斜は、連作『ダランベールの夢』(1769)および『生理学の基礎』lments de physiologie(1778~1784)に至って頂点に達した。[市川慎一]

数多い文学作品

文学作品として、初期には小説『不謹慎な宝石』Les Bijoux indiscrets(1748)を残しているが、『修道女』La Religieuse(1760)を契機に作家としての自信を深めたディドロは、傑作『ラモーの甥(おい)』(起稿1762年)、『宿命論者ジャックとその主人』Jacques le fataliste et son matre(起稿1771年、刊行1796年)などを書いた。物語作品のほかに、彼は劇作にも並々ならぬ意欲を示し、自ら戯曲『私生児』Le Fils naturel(1757)、『家長』Le Pre de famille(1758)を執筆した。この分野では、彼が表明した劇理論、つまり、古典劇の悲劇と喜劇との中間に設けた「まじめなジャンル」の創唱により、いわゆる市民劇(ドラム)の理論家として知られ、これはドイツの劇作家G・E・レッシングに引き継がれ、隣国で開花した。なお、彼には独自の見解を表明した『俳優に関する逆説』Le Paradoxe sur le comdien(起稿1773年、刊行1830年)もある。
 美術関係では『絵画論』(1765)を書いたが、親友グリムFrdric Grimm(1723―1807)の主宰する『文芸通信』誌に官展評「サロン」Salonsを寄稿し、近代美術評論の形式を築き、ボードレールらに影響を与えた。
 晩年、ロシアのペテルブルグに恩人のエカチェリーナ2世を表敬訪問したが、終生の関心は道徳問題で、『セネカ論』(1778)の完成に意欲を燃やし、1784年7月31日パリで他界した。[市川慎一]
『小場瀬卓三・平岡昇他監修『ディドロ著作集』全4巻(1976~2013・法政大学出版局) ▽本田喜代治・平岡昇訳『ラモーの甥』(岩波文庫) ▽新村猛訳『ダランベールの夢』(岩波文庫) ▽桑原武夫訳・編『百科全書――序論および代表項目』(岩波文庫) ▽小場瀬卓三著『ディドロ研究 上中』(1961、1972・白水社) ▽J・プルースト著、平岡昇・市川慎一訳『百科全書』(1979・岩波書店) ▽中川久定著『ディドロの「セネカ論」』(1980・岩波書店) ▽中川久定著『人類の知的遺産41 ディドロ』(1985・講談社)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

ディドロ
(Denis Diderot ドニ━) フランスの啓蒙思想家。ダランベールとともに「百科全書」を編纂、出版した。無神論・唯物論に近い立場をとり、哲学、文学および演劇、絵画、音楽批評に筆をふるった。著書「自然の解釈に関する思索」「ダランベールの夢」、小説「ラモーの甥」など。(一七一三‐八四

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