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ディーゼル

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ディーゼル
Diesel, Rudolf (Christian Karl)
[生]1858.3.18. パリ
[没]1913.9.29. イギリス海峡
ドイツの技術者。ディーゼル機関発明家として知られるが,美術鑑定家,言語研究,社会改革の理論家としても著名であった。皮革職人の子として生れ,幼年期をパリで過したが,普仏戦争のためにパリを追われ,教師をしていた父のいとこの世話で,アウクスブルクの王立職業専門学校を経てミュンヘン工科大学を卒業。パリの冷凍機製造会社に勤務。 1885年頃から内燃機関の研究と実験を行い,93年いわゆるディーゼル機関原理を発明,97年その実用化に成功し,世界各国で各種の動力機関として広く用いられた。 1913年イギリス海軍省の招きでロンドンに向う途中,イギリス海峡で船から落ちて死亡した。著書に『合理的熱機関の理論と構造』 (1893) がある。

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デジタル大辞泉

ディーゼル(diesel)

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
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ディーゼル(Rudolf Diesel)
[1858~1913]ドイツの機械技師。実用的なディーゼル機関発明者で、1893年に考案、1897年に製作・実験。

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世界大百科事典 第2版

ディーゼル【Rudolf Diesel】
1858‐1913
ドイツの機械技術者,ディーゼルエンジンの発明者。パリに生まれるが,普仏戦争のため両親ともどもイギリスに移住,その後叔父を頼ってドイツに渡り,アウクスブルクの工業学校,次いでミュンヘン工科大学で学ぶ。C.vonリンデの機械学,熱機関の講義にひかれ,熱効率の高い機関の実現に関心をもった。1880年大学を卒業,パリのリンデ製氷機工場で冷凍機の製作や高圧機械,熱機関の研究にたずさわり,蒸気の代わりにアンモニアを使う機関の発想(1899年のパリ万博で呈示)を経て,92年にディーゼルエンジンの最初の特許を得た。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

ディーゼル【Rudolf Diesel】
1858~1913 ドイツの機械技術者。内燃機関の研究・改良に従事し、ディーゼルエンジンを発明。

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)

ディーゼル
でぃーぜる
Rudolf Diesel
(1858―1913)
ディーゼルエンジンを発明したドイツの機械技術者。ドイツ人の両親の間にパリで生まれる。1870年、プロイセン・フランス戦争の難を逃れて一家はロンドンに移った。8週間ここで過ごしたのち、ルドルフはひとりでアウクスブルクへ行きそこの州立中学校でドイツ流の勉強をした。1873年10月、アウクスブルクの工業学校に進み機械技師になる勉強を始めた。この学校できわめて優秀な生徒であると認められ、18歳になったときミュンヘン技術学校へ進む奨学金をとった。学校時代に物理の実験で使用した空気力学応用の火付け器は強く印象に残った。ガラス製の自転車用ポンプのようなこの火付け器は、プランジャーをシリンダーの中に押し込むと、下方にある木が燃え始めるというもので、空気が圧縮されるとその温度が上昇することを示す器具であった。のちにエンジンを設計したとき、この火付け器を思い出したといえないこともない。1876年ミュンヘン技術学校に入り、リンデKarl von Linde(1842―1934)に強い影響を受けた。リンデは、もっとも能率のよいエンジンでも燃料の熱エネルギーの10%以上を利用することはできないと話した。ディーゼルは、これは検討を要することであるとノートに記した。学校を終えたあとスイスのザルツァー工場に就職した。ここではリンデの設計した製氷機を製造していた。
 1884年の暮れミュンヘンで結婚し、その後パリで生活した。製氷機では冷却のためにアンモニアガスの圧縮が行われていたが、蒸気エンジンの蒸気のかわりにアンモニアガスを使うことを考えた。しかしこのころベンツとダイムラーのガソリンエンジンの使用が広まり、ディーゼルも空気と液体燃料を使用した高圧縮熱エンジンを考えるようになった。1890年ベルリンに移り、1893年には「合理的熱モーターの理論と建設」という論文を発表した。その後、非常に高い圧力を加えると内燃機関の内部の温度が上昇することを利用し、燃料に点火させる考えに到達した。新しい考えに基づくエンジンの製作、実験は1893年ころより始まった。燃料も最初はケロシンが使われたが、のちには軽油を使った。1897年の1月に行った実験では熱効率26.2%、燃料消費は毎時1馬力当り0.53ポンド(240グラム)、毎分172回転で20馬力の出力が得られた。同1897年2月、ミュンヘン大学のシュレーターMoritz Schrter(1851―1925)による公式な性能試験の結果、このエンジンは世界でもっとも経済的な新型エンジンであることが示された。このときのエンジンは現在ドイツ博物館(ミュンヘン)に保存されている。圧縮‐点火タイプのエンジンに「ディーゼル」の名前をつけたのは妻マルタMartha Diesel(1860―1944)の示唆によるといわれている。1898年ミュンヘンでの博覧会に四つのディーゼルエンジンが展示された。
 その後、ディーゼルエンジンは機関車用、船舶用として広く使用され、さらに多くの研究者によって軽量化が進められた結果、自動車などにも用いられるようになった。1913年9月、ディーゼルエンジン製造工場の定礎式に招待されて、アントウェルペン(アントワープ)からイギリスに向かうべく乗船した汽船ドレスデン号上から海中に身を投げ、謎(なぞ)の死を遂げた。[中山秀太郎]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

ディーゼル
[1] (Rudolf Diesel ルドルフ━) ドイツの機械技術者。内燃機関の研究を行ない、一八九七年、重油を燃料とするディーゼル機関を発明した。(一八五八‐一九一三
※ガトフ・フセグダア(1928)〈岩藤雪夫〉三「タアビンは蒸汽の消費量が最も経済的であるし燃料に対しても効率がいい。デーゼルも力のパーセンテーヂが大きい」

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社世界史事典 三訂版

ディーゼル
Rudolf Diesel
1858〜1913
ドイツの技術家
1897年ディーゼル機関を発明。この機関は安価な重油・軽油を用い,燃料消費率が少なく,馬力が最高のために広く実用化された。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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