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ドウ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ドウ
Dou(Dow; Douw), Gerard(Gerrit)
[生]1613.4.7. ライデン
[没]1675.2.9. 〈埋葬〉ライデン
オランダの画家。ガラス絵の画家 D.ヤンスの子。 1628~31年ライデン時代のレンブラントの弟子。 48年新設されたライデンの画家組合に加わり,生涯生地で活躍。 31年以降レンブラントの影響を徐々に脱し,日常生活の些細な事物を題材に光沢のあるなめらかな画面を創造,当時はレンブラント以上に高く評価された。 G.メッツ,F.ミーリスら多数のすぐれた弟子をもつ。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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ドウ
Doe, Samuel K.
[生]1950.5.6./1951.5.6. トゥゾン
[没]1990.9.9./1990.9.10. モンロビア
リベリアの軍人。大統領(在任 1985~90)。クラン(ウェ)人系。18歳で志願して陸軍に入隊し,1979年に下士官に昇進した。多くのリベリア先住民と同様,1822年に入植したアメリカ合衆国の解放奴隷の子孫アメリコ=リベリア人の特権や権力に反発。1980年4月にクラン人系兵士の一団を率いて大統領官邸を襲撃し,ウィリアム・R.トルバート大統領を殺害,次いでトルバート政権の高官 13人を略式裁判にかけ銃殺刑に処た。このクーデター後に将官に昇進,国の統治機構として自身と下士官 14人で構成する人民救済評議会を設置した。1985年の大統領選挙に勝利したが,選挙監視団の一部から不正を指摘された。ドウの支配体制は国内外で批判を受け,国外からはしばしば腐敗し野蛮であると酷評された。任期中は経済状態の悪化に悩まされ,暗殺計画に脅かされ続けたが,暗殺の企てには残虐な弾圧を加えた。そのような行為と自民族クラン人系への身びいきが反発を招き,1989年末に東部で反乱が始まった。1990年7月に反乱勢力が首都モンロビアに進攻してもドウは権力を手放そうとしなかったが,内戦状態が続き,拘束されて殺害された。

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栄養・生化学辞典

ドウ
 単に生地ということが多い.コムギ粉を主原料に水を加えて練って作ったもので,パンケーキ麺類などを作る材料

出典:朝倉書店
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世界大百科事典 第2版

どう【ドウ】

出典:株式会社平凡社
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